団体交渉とは

「ともいきユニオンの吉水です」

実際、こう名乗ることで、企業や監理団体の対応は明らかに変わった。

初めて対面したときのガーさんは、すでに母子健康手帳を持っていた。書籍より
初めて対面したときのガーさんは、すでに母子健康手帳を持っていた。書籍より

私たちはガーさんから最初のメッセージをもらった2日後に、愛知県にいる彼女のところへ出向いて、置かれている状況について改めて話を聞いた。そして退職予定日が迫っていることからも、急を要する案件だと判断。

ガーさんはその日のうちに、連合ユニオン東京・ともいきユニオンに加入し、翌日付でS社に対して団体交渉を申し入れた。同時に、山梨県への不本意な引っ越しについても、キャンセルを要求した。

団体交渉とは、人によっては聞き慣れない言葉かもしれないが、労働者の集団や労働組合が、使用者側と労働条件や待遇などについて話し合いの場を持つことだ。団体交渉を申し込まれた使用者は、正当な理由なくしてそれを拒否することは認められず、もし拒否した場合は罰則を受ける可能性がある。

仮に団体交渉を拒否されたり、団体交渉を行ったものの労働者の希望が叶わなかったりしたとしても、団体交渉の申し入れや実施の履歴が残ることは、ほかの支援に切り替える場合にも何かと有利に働くのだ。

S社との団体交渉は、1月末にオンラインで行われた。当初告げられた退職日はすでに過ぎていたが、団体交渉を申し込んだ時点で退職は保留となっていた。そのため、ガーさんは上京する直前まで受け入れ先の農家で今まで通り、トマトの葉っぱ切りや収穫を行っていた。

農作業で屋外にいる時間が長く、常に日差しを浴びているせいか、ガーさんの頰はいつも真っ赤に染まっていた。ベトナムの農村部で見かける、よく働いて、たくましく、しっかり者のお母さんといった雰囲気。

家族と離れて暮らす異国の地で、お腹に赤ちゃんがいるのに、頼れる身内もおらず、自分の処遇が宙ぶらりんな状態で働き続けるのは、一体どんな気持ちなのだろう。じっとしているほうが不安だから、体を動かしているのかもしれない。

あるいは最悪、仕事を辞めさせられるのであれば、1日でも一時間でも多く働いて稼ぎたいということなのか。

異国の地で病気になると、妙に心細さを感じるものだが、間違っていけないのは、妊娠は病気ではないということ。その間違いをただすために、団体交渉に臨むのだ。

妊娠したら、さようなら ――女性差別大国ニッポンで苦しむ技能実習生たち
吉水慈豊
妊娠したら、さようなら ――女性差別大国ニッポンで苦しむ技能実習生たち
2024年10月4日
¥1,900(本体)+税 円(税込)
232ページ
ISBN: 978-4-7976-7452-1
なぜ、技能実習生の赤ちゃん遺棄事件は続くのか。 妊婦の悲しみと苦しみに寄り添った女性僧侶が綴る一冊 ベトナム人の「失踪」が相次ぎ、「奴隷労働」と国際的に批判された外国人技能実習制度。 その廃止は決まったけれど、近年は技能実習生が孤立出産に追い込まれ、赤ちゃんの死体を遺棄する事件が立て続く。
どうして「悲劇」は繰り返されるのか? 新制度が始まれば、もう起きない? マタハラが許されないこの時代、まるで妊娠したことが罪であるかのように仕事をやめさせられ、日本から追い出される数多くのベトナム人女性たち。 寄る辺なく悲しみ、悩み、苦しみを抱えたそんな妊婦のために戦い、新しい「いのち」の誕生をやさしく支えてきた女性僧侶の著者による、慈悲の記録。
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