好待遇だと思い込ませて

「私は妊娠していますが、体調に問題はありません。病気ではないので、これからも同じところで働きたいですし、産前産後休業を取ることを希望しています」

ガーさんはベトナムで出産したら、日本に戻ってきて働きたいと思っていた。そのため団体交渉の場では、特定技能1号の在留資格の更新、出産育児一時金の申請手続き、育児休業の申請手続き、妊婦健診における通訳などのサポートを希望していることもS社に伝えた。

事前に電話で、S社と団体交渉の日程などを打ち合わせした際、私が何も知らないだろうと踏んだのか、担当のA氏は一体何が不満なのかと言わんばかりに、次のような説明をした。

「ガーさんには休業補償が60%出ますし、ハローワークで手続きをすれば、それとは別に保険が支払われるんです。良い待遇だと思いますよ」

ハローワーク品川 写真/shutterstock
ハローワーク品川 写真/shutterstock

「ガーさんに、『妊娠は病気だから働けない』と言ったそうですね。それを聞いて私も驚いて、1人だけでなく複数の通訳の方に、ガーさんの説明を何度も訳してもらったんです。だけど、通訳が間違っているわけではないようでした。妊娠って病気なんですか?御社では、妊娠を病気として扱っているんですか?」

A氏は、何も言わなかった。

「産休・育休を許可するのは、我々の当然の義務ですよ。ガーさんは男女雇用機会均等法で守られていますから」

団体交渉に出席したS社の副社長(男性)は、この交渉に至るまでのやり取りなどなかったかのように言った。

「そうですよね」

A氏も隣で相槌を打っている。

オンラインで行われたS社との団体交渉にて。前列の左がガーさん。 書籍より
オンラインで行われたS社との団体交渉にて。前列の左がガーさん。 書籍より

妊娠を病気とみなし、自主退職に追い込もうとしていたことは、「まったくの誤解である」とS社は主張した。私は憤りを通り越して呆れてしまったが、ガーさんの希望が通るのであれば、これ以上、事を荒立ててもしかたがない。

そもそも非自発的離職者を出してしまったら、この先、特定技能外国人の受け入れができなくなってしまうのだ。S社の手のひらを返した反応は、ある意味、想定内ではあった。

おかげで、こんな力強い言葉までもらった。

「ガーさんは、仕事ぶりもとても真面目だと聞いておりますので、出産後は復職してもらいたいと思っています。できるだけ、我々を頼ってください」