「私は山梨に行きたくありません」

子どもの父親は、通称〝技人国〞の在留資格を持つベトナム人だった。正式には「技術・人文知識・国際業務」という在留資格で、たとえば通訳やシステムエンジニアなど専門的技術や知識を必要とする、主にホワイトカラー職に従事する外国人のための、就労ビザの一種だ。

いわゆるエリート視されるビザであり、技能実習や特定技能と比べて取得の難易度が高い。それゆえに、在日ベトナム人の間に存在する、ある種のヒエラルキーの上位に位置する。

その男性は、ベトナムに妻子がいたらしい。ガーさんもすでに2人の子どもを持つシングルマザーで、ベトナムの家族が子どもたちの面倒をみている。

写真はイメージです 写真/shutterstock
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「将来、その人の奥さんや子どもが日本に来て、一緒に暮らすと言っていました。だからこれ以上、関わりを持たなくていいんです……」

ガーさんは言葉を濁した。仮に日本で出産するのであれば、病院や行政などの手続き上、「子どもの父親が誰か」というのは大事になってくる。日本国籍を持つ人が父親である場合、その子どもも条件を満たせば日本国籍を取得することもできる。

一方、両親とも外国人である場合は日本国籍を取得できないし、両親の在留資格によって子どもが在留資格を取得できるかどうかも変わってくる。

しかしガーさんは、ベトナムでの出産を希望していたので、そこに関しては私たちが説得すべきことではないと判断した。

「授かった命は、宝です。私のお姉さんには子どもがいないので、お姉さんに引き取ってもらいたいと思っています」

そう言ってガーさんは、優しい笑みを浮かべた。

ちなみにS社からは、今の仕事の契約が終了しても、2カ月間は休業補償として基本給の60%が支払われ、3カ月後からは失業保険を受けられるから心配することはない、という趣旨の説明を受けていた。

一見、ガーさんのことを考えた、親身な対応のようにも思える。しかし、継続して働きたいという本人の意思を無視して、自己都合による退職として処理しようとしている疑いがあった。