「ヤクザの中でも事件のことを知っている者は少ない」

「その後、2年くらいはいろいろと噂が流れたが、どこかで捕まって殺された、死んだという噂が出た時点から、それ以上の話は湧いてこなくなった。六代目山口組が分裂したとき、一和会の話で少し盛り上がったくらいだ」と、当時を知る暴力団関係者S氏は話す。

誰もがてっきり殺されているとばかり思っていた男が、ひょっこり出てきたという感じらしい。

「それにしてもよく逃げたよな。かたや無期で刑務所暮らし、先にあるのは獄中死。かたや逃げ延び、今やお天道様の下を堂々と歩いている。ムショにいるやつにとっては、やりきれないだろうな」とS氏。

無期懲役の実刑を受けた長野は熊本刑務所に、石川は旭川刑務所に服役中だ。

S氏の話によると、極道の間で石川は英雄視されているという。「ヤクザを辞めてカタギになりますと一筆書けば仮釈放になるのに、それを書かず生涯極道を貫く姿勢」が極道たちの胸を打つというのだ。

だが当時のことを知る者は少ない。山口組から一和会が分裂して、すでに40年が経った。

「ヤクザの中でも、いや山口組の中ですら事件のことを知っているのは60代も後半以上だ。三代目の若い衆だった者でないと覚えていないだろう」とS氏は言う。

当時、他の組に所属していたA氏は、山口組の分裂騒動を刑務所の中で聞いたという。「当時は刑務所の中に『私は一和会です』というのが何人もいた。でも山口の組長が殺され、一和会が解散になった後は、暗黙の了解ではないが『私は一和会です』と話す者はいなくなったな」と話す。

A氏に言わせると「20年逃げたらこっちのもん」だという。

「警察でもヤクザでも若い者はユーチューブや映画、本で山一抗争を知るだけで、実際については何も知らない。指名手配の顔を見ていたって、誰もわからない、指名手配されていた後藤の写真は当時のままだ。

所轄にいたお巡りさんだって20年も経てばそこにはいない。事件すら忘れ去られる。車の運転をしなければ、怯えて暮らすこともない。車の運転では、ちょっとした違反でも犯罪になり、身元を洗われるからだ。

今さら出てきても、すでに時効は成立していて、後藤が刑務所に入ることはない。事情聴取する刑事も、事件の詳細は実際のところ知らないだろう」(A氏)