本来は山羊の死体が“ボール”
ノマド・ゲームズは⾺、⼸射、レスリングの3競技で、この3つをベースにした様々な種⽬が⾏われる。ちなみに、これはモンゴルの国民的祝祭である「ナーダム」も同様だ。
モンゴルでは毎年、革命記念日にあたる七月一一日から三日間かけて、国主催のナーダム祭が開催される。ナーダムの柱は、モンゴル相撲、弓射、そして近郊の草原で行われる競馬の三つ。首都ウランバートルで開催される国家ナーダムのほかに、各地で地方ナーダムが行われ、モンゴル中が祝祭気分に沸く、華やかな季節である。特に競馬は、子どもたちによって競われる、ナーダムのハイライトだ。
卓越した指導者だったチンギス・カンは、狩猟の形をとって兵士に軍事教練を行い、隊列の組み方や、敵を一か所に追いこんで取り囲む戦術を叩きこんだといわれる。
ナーダムの三本柱である格闘技としての相撲も競馬も弓射も、すべて戦士が戦う上での必須スキルである。
つまり、ノマド・ゲームズもナーダムも、各種競技の根底にあるのは、遊牧騎馬民族の生存に欠かせない能力の維持なのだ。
この点が、西欧貴族社会的な馬事文化をベースとしたオリンピック・パラリンピックとの最大の違いといえる。
今回の⼤会で⾺を使うのはコクボル(⾺上ラグビー)と⾺上アーチェリーの⼆種⽬のみ。
なかでも、コクボルに注⽬したい。ルールをざっと紹介しておこう。国や状況によっても異なるが、今回のノマド・ゲームズでは以下のようなルールで⾏われた。
⾺場は⻑辺200メートル×短辺70メートルの⻑⽅形。センターラインの端に⽩線でサークルを描き、そこにウラク(⼭⽺の死体)を置く。それを奪い、敵の攻撃をかわしながら⾺で疾⾛し、敵陣のゴールに投げ⼊れるとポイントが⼊る。どちらかのチームがゴールを決めると、ウラクはサークルに戻されリスタート。
1ピリオド20分で、計3ピリオドを戦う。各チーム12⼈⾺が出場するが、ゲーム中にピッチに⼊れるのは各チーム4⼈⾺のみ。試合中は、何度でも⼈⾺を交替することができる。ただし、⼈と⾺はセットであり、⾺を乗り換えることはできない。もしも⾺が⼈を振り落として⾛り去ったら、騎乗する選⼿がその⾺をつかまえない限り、ゲームには戻れない。
通常、コクボルで使うウラクは、頭部と⾜⾸から下を切り落とされた⼭⽺の死体を使うが、今回のノマド・ゲームズでは本物の⼭⽺ではなく、⼭⽺のような形をした⾰製の詰め物、いわば擬似⼭⽺が使われた。ウラクの重さは32-35キロである。
審判団の⽬の前にある⽩線で描かれたサークルに、⾺に乗ったレフリーによってウラクがどさっと置かれた。擬似の⼭⽺であることに、私は内⼼ほっとした。本来、本物の⼭⽺の死体を使うのが伝統であることは⼗分承知しているのだが、実際に⼭⽺の死体がもみくちゃにされるのを⾒るのはなかなかグロテスクなものだ。
まして今回のホスト国であるトルコは、オリンピック開催地に⽴候補して落選した経験や、EU加盟を17年も棚上げされている経験などから、⻄側諸国からの視線を相当意識している。⼭⽺の死体の映像が出回ったら、また何を⾔われるかわからない。この⼤会を機に存在感をおおいにアピールしたいトルコとしては、「避けるべき」という判断を下したのではないか、と推察される。