ホロコーストの教訓は「誰に対しても」生かされるべき

2006年6月にはガザを、7月にはレバノン南部をイスラエルが空爆し、その無差別性が国際的な批判にさらされた際も、バイデンは「イスラエルこそがテロの犠牲であることを理解しさえすれば、イスラエルの行動の正当性がわかるはずだ」とイスラエルの軍事行動を全面的に支持した。

この時、バイデンが引証したのが、9・11後のアメリカによるアフガニスタン侵攻だった。確かにアフガニスタンでも無辜(むこ)の市民が多く犠牲になった。

このことを踏まえた上でバイデンは、「第二次世界大戦以降、アフガニスタン戦争ほど正当であった戦争はないと思う。罪のない人々が殺されたが、それはアメリカの国益のためだった」と強調し、イスラエルの軍事行動に理解を示した。

現実にイスラエルがいかに凄惨な軍事行動を展開していても、「イスラエルこそが犠牲者だ」とみなす思考。市民を無差別に巻き込むイスラエルの軍事行動すら、「自衛」だと支持する思考。これらの思考は今日のバイデンにもそのまま受け継がれている。

ハマスによるテロから10日ほど経って、イスラエルを訪問したバイデンは、ここでもホロコーストの記憶を何度も喚起した。

バイデンは、「10月7日は、ホロコースト以来、ユダヤ人にとって最悪の日となった」「それは、数千年にわたる反ユダヤ主義とユダヤ人虐殺が残した痛ましい記憶と傷跡を表面化させた。世界はそれを見ていた。知っていたのに、世界は何もしなかった。私たちは再び何もせずに傍観することはない」とイスラエルへの強い連帯を表明した。

ホロコーストの悲劇に想いを馳せ、未来への教訓にすることは重要だ。

イスラエルのジェノサイドに加担したバイデン政権。ホロコーストの教訓は「誰に対しても」生かされるべきである_4
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しかし、その教訓は「誰に対しても」生かされるものでなければならない。「私は差別的なトランプ前大統領とは違い、他人の痛みがわかる人間だ」と、共感型大統領であることを売りにしてきたバイデンだが、バイデンがもし、ユダヤ人の命がパレスチナ人の命よりも重要だと考えているのであれば、それこそがまさに自分が批判してきたレイシズム(人権 主義)だ。

なお、バイデンとイスラエルを結びつけているのは、決して感情的な紐帯だけではない。政治資金の動きを調査する非営利団体オープン・シークレッツによれば、長い議員歴を持つバイデンは、これまでに親イスラエルの団体から、政治献金の受け皿となる「PAC」を通して400万ドル超(2023年時点)を受け取っており、政治家の中で最大の受領者である*2。

「バイデンは口ではイスラエルを批判しても、結局は大目に見て、イスラエルを擁護してくれるだろう」。こう見抜かれているのだろうか。ガザ危機の中で、イスラエルではバイデンの支持率が上がっている。

タイムズ・オブ・イスラエル紙の世論調査によれば、イスラエル国民の40%が、2024年の大統領選挙でバイデンの再選を望んでいる。共和党の最有力候補ドナルド・トランプを支持する人は26.2%で、バイデンが圧倒している。

この結果は、バイデンとトランプ、同じ顔合わせとなった2020年の大統領選時の世論調査とは対照的だ。2020年の世論調査ではイスラエル国民の63%がトランプを支持し、バイデンを支持すると答えたのはわずか17%だった。

この種の調査でイスラエル国民が共和党より民主党の大統領候補を支持するのは、少なくとも20年ぶりという極めて稀な例だという*3。ガザ危機の中で見せたバイデンの親イスラエルぶりが世論調査の結果に影響していることは間違いない。

アメリカさえ押さえておけば、どんなに国際法や人道を無視した行動をしても大丈夫だ、トランプは確かに親イスラエルだが、行動が読めないところがあるから、バイデンのほうがベターだ、こんな心境だろうか。

バイデンはイスラエル国民から寄せられる好意が、そんな動機からくるものだとしても、それでも名誉だと考えるだろうか。アラブ諸国では、「バイデンは、この地域におけるアメリカの地位を、ジョージ・W・ブッシュが行なったイラク戦争よりも傷つけている」という声も聞こえてくる。

[補足:もっとも2024年3月に入り、これまで明言を避けてきたトランプが、この戦争に関してはイスラエル側に立つと発言したことや、バイデンが「ラファ侵攻はアメリカにとってのレッド・ラインだ」としてネタニヤフ政権への批判を強めたことなどを受け、イスラエル国民のバイデン支持(30%)とトランプ支持(44%)は再び逆転した。]


*1 “ʻFear rather than sensitivity’: Most U.S. scholars on the Mideast are self-censoring”; NPR,December 15, 2023.
https://www.npr.org/2023/12/15/1219434298/israel-hamas-gaza-palestinians-college-campus-freespeech

*2 “Money from Pro-Israel to US Senators, 1990-2024”; Open Secrets.
https://www.opensecrets.org/industries/summary?cycle=All&ind=Q05&mem=Y&recipdetail=S

*3 “In major shift, survey finds Israelis prefer Biden to Trump as next US president”; The
Times of Israel, December 22, 2023.

https://www.timesofisrael.com/in-major-shift-survey-finds-israelis-prefer-biden-to-trump-as-next-us-president/


写真/shutterstock

自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード
内藤 正典 三牧 聖子
自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード
2024年4月17日発売
1,100円(税込)
新書判/288ページ
ISBN: 978-4-08-721311-9

中東、欧州移民社会研究の第一人者と新進気鋭のアメリカ政治学者が警告!
ガザのジェノサイドを黙殺するリベラルの欺瞞が世界のモラルを破壊する。

もう、殺すな!

◆内容◆
2023年10月7日、パレスチナ・ガザのイスラム主義勢力ハマスが、占領を強いるイスラエルに対して大規模な攻撃を行った。
イスラエルは直ちに反撃を開始。
しかし、その「自衛」の攻撃は一般市民を巻き込むジェノサイド(大量虐殺)となり、女性、子供を問わない数万の犠牲を生み出している。


「自由・平等・博愛」そして人権を謳(うた)いながら、イスラエルへの支援をやめず、民族浄化を黙認し、イスラエル批判を封じる欧米のダブルスタンダードを、中東、欧州移民社会の研究者とアメリカ政治、外交の専門家が告発。


世界秩序の行方とあるべき日本の立ち位置について議論する。

◆目次◆
序 章 イスラエル・ハマス戦争という世界の亀裂 内藤正典
第1章 対談 欧米のダブルスタンダードを考える
第2章 対談 世界秩序の行方
終 章 リベラルが崩壊する時代のモラル・コンパスを求めて 三牧聖子 

◆主な内容◆
・パレスチナ問題での暴力の応酬と「テロ」
・ガザから世界に暴力の連鎖を広げてはならない
・ダブルスタンダードがリスクを拡大する
・戦争を後押しするホワイト・フェミニズム
・反ジェノサイドが「反ユダヤ」にされる欧米の現状
・アメリカとイスラエルの共犯関係
・ドイツは反ユダヤ主義を克服できたか
・「パレスチナに自由を」と言ったグレタさんに起きたこと
・反ユダヤ主義の変奏としての反イスラム主義
・民主主義のための殺戮の歴史を直視できない欧米の問題
・バイデンとシオニズム
・トランプとバイデン
・欧米がなぜか不問に付すイスラエルの核問題
・誰がイスラエルの戦争犯罪を止められるのか?
・「人殺しをしない」を民主主義の指標に

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