数ページで小説の世界へ誘う
―― 読者を驚かせるためには、小説の中に浸りきってもらう、没入してもらうことも大事ですよね。知念さんの小説はそういう意味でも、途中でページをめくる手を止められなくなります。
没入感はとても大切です。最初の数ページでその小説の世界に入ってもらう。最初が肝心なんです。そこでいかにして世界に読者を引き込むか。小説の世界とシンクロさせるかというのをすごく意識しています。
――『真夜中のマリオネット』はこんな文章から始まります。「けたたましいアラーム音が鼓膜を揺らす。氷のように冷たい汗が背中を伝っていく」。舞台は病院の救急部。主人公の秋穂が置かれたのっぴきならない状況を簡潔に伝えています。
小説は主人公と読者が同化して読んでいくものなので、状況を説明するだけでなく、できる限り読者が主人公に同調できるように、心情まで書くようにしています。読者が主人公と一体になって読んでもらいたいので。
―― サブキャラクターの「濃さ」も印象的です。たとえば秋穂と涼介が逃げ込む新宿2丁目で紅さんというゲイバーの経営者が出てきますね。キャラクター設定はあらかじめ考えておくのでしょうか。
あまり細かいことは考えずに書き始めますね。こういうキャラクターが出てくるというのはなんとなく考えてはいますが、ある程度は臨機応変に、書いていくうちにキャラクターをつくっている感じですかね。
紅さんでいえば、平凡な普通の人を出しても意味がないので、複雑なバックグラウンドがあって、人として生き生きとしてリアルな姿を書きたくてああいう人物になりました。
実写、アニメに負けない小説の強み
―― ストーリーを考えるのはどんな時でしょうか? 机に向かっている時でしょうか? それとも別の何かをしている時に?
いつも次に書くもののことを考えているので、歩いている時や、体を動かしている時、ぼーっとしている時にふっと思いつきますね。思いつくのはアイデアの種みたいなものですけど。
そのアイデアを小説に落とし込むために、構成を考えるんですが、その時は机に向かいます。ストーリーの構成は緻密に設計しなくてはならないので。
―― 構成の段階でしっかり詰めておいて、書き始めるという手順ですか。
そうですね。執筆中は、頭の中で出来上がっているストーリーを文字に落としていくという感じですね。
―― 書き上げてから整えたりする時には何を意識されていますか。
地の文をできる限り削っていくとか、スピード感を出すために調整したりしています。
―― 昨年刊行され、今年連続テレビドラマになった『となりのナースエイド』は企画段階から映像化を予定した作品でした。『天久鷹央の推理カルテ』のアニメ化も発表されましたね。それ以外にもメディアミックスを経験されていますが、あえて小説ならではの面白さを挙げるとするとどんなところでしょうか。
やはり先ほども言ったように、自分で文字を追っていくことによって主人公にシンクロできる、自分が物語の中に入っていく没入感ではないでしょうか。映像作品はこちらが何もしなくても流れていきますが、小説は自分から能動的に文字を追う必要があります。そこにハードルがあるとは思いますが、それさえ越えれば、物語にどんどん深く入って、自分が本当に登場人物になっているような感覚を得られます。これは映像作品にはない小説ならではの経験だと思います。
小説の強みは地の文で心情を書けること。心の動きを書けるというのは大きなメリットなので、いかにそのメリットを有効に使うかを考えるようにしています。
良質な作品を量産できる作家に
――『真夜中のマリオネット』が出た後の作品だけを見ても、コロナ禍を題材にした『機械仕掛けの太陽』、バイオホラーに挑戦した『ヨモツイクサ』など、新しいチャレンジを続けられています。これからこういう小説家になっていきたいみたいな小説家像はありますか。
うーん、小説家としてですか。小説にしたいアイデアはたくさん浮かぶので、後はどう小説にするか。そこで技術のことを考えるんです。
先輩小説家の中では東野圭吾さんに近いタイプだと思っています。東野さんの小説を読むと、技術的にすごいことをたくさんやっていて、勉強になりますね。
―― 東野さんの読者も小学校高学年くらいから中高年までと幅広いですが、知念さんの読者も幅が広いですね。『放課後ミステリクラブ』のようなヤングアダルト向けのシリーズも出されていますし。
そうですね。若い人に向けて書くだけではなく、続けて読んでもらえるように定期的に書いていかないとと思っています。次の作品までタイムラグがあると読者がいなくなってしまうので。
―― 小中学校くらいの子たちだとすぐに成長するから、継続的に読んでもらえるような作品がないと定着しないんですね。
お気に入りの作品を書いた作家が次の作品を出さないと、読書自体をやめてしまう子もいるんですよ。それではせっかく本を好きになってくれた人も読まなくなってしまうので、すべての年齢層に読んでもらえるような面白い物語を定期的に届けたいと思っています。
技術論で書くということは職人に近い一面もあるので、10年、20年とキャリアを積んでいけばどんどん巧くなるはずなんです。僕もこれから小説を書き続けて、面白い小説を量産できるようになりたいですね。量産できる技術を身につけて、しかも質の高い作品をめざす。そのためにはひたすら書くことだと思っています。