申し訳ないけど受け取れません

田中のケースと同様、すぐに返さなければと人を介して返す方法を探したが、適当な人が見当たらない。これは本人に直接返すしかないと腹を固め、野中の地元・京都に飛んだ。

電話を入れて野中の事務所に赴き、選挙関連で本人が不在のところに、「申し訳ないけど受け取れません」とメモと紙袋を置いてきた。

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その後、野中とはこの問題について、一切やりとりしなかった。互いに一件落着のつもりだった。ところが、10年後の2010年4月、野中がテレビのインタビューで、官房機密費の話を明かしていた。

官房長官時代の話として、「言論活動で立派な評論をしている人たちのところに、盆暮れ500万円ずつ届けることのむなしさ」があったと暴露、僕が受け取りを拒否したことにもきちんと触れてくれていた。

率直に言って、これは助かったと思った。僕が受け取らなかったと言っても、そもそも密室での話であり、それを証明するものは何もなかったからだ。出した当人に言ってもらえればそれに勝るものはない。

田中からも野中からも金は受け取らなかったということが、その後の僕のジャーナリスト人生にどれだけ役立ったか。

まず、相手がお金で籠絡しようとしてこなくなる。この人には無理だということが業界内で知れわたる効果がある。そうなると、誠心誠意、本音で取材の受け答えをするしかなくなってくる。それがまた僕の狙いでもあった。

ジャーナリストは、政治との関係にかかわらず、お金の問題は常に身ぎれいにしておくことが肝心だと思っている。


イラスト・写真/shutterstock

全身ジャーナリスト (集英社新書)
田原総一郎
全身ジャーナリスト (集英社新書)
2024/4/17
1,210円(税込)
336ページ
ISBN: 978-4087213102

90歳の〈モンスター〉が「遺言」として語り下ろす。「朝生」で死にたい! なぜ僕は暴走するのか?

最高齢にして最前線にいる稀代のジャーナリスト、田原総一朗。長寿番組『朝まで生テレビ!』での言動は毎度注目され、世代を問わずバズることもしばしば。

「モンスター」と呼ばれながらも、毎日のように政治家を直撃し、若者と議論する。そんな舌鋒の衰えないスーパー老人が世に問う遺言的オーラルヒストリー。

その貪欲すぎる「知りたい、聞きたい、伝えたい」魂はどこからくるのか。いまだから明かせる、あの政治事件の真相、重要人物の素顔、社会問題の裏側、マスコミの課題を、自身の激動の半生とともに語り尽くす。

これからの日本のあり方を見据えるうえでも欠かせない一冊!

原一男、佐高信、猪瀬直樹、高野孟、辻元清美、長野智子らが、田原の知られざる横顔を証言するコラムも収録。

【目次】
序 章 僕はなぜジャーナリズムを疾走するのか
第1章 非戦の流儀
第2章 ジャーナリストの心得
第3章 反骨の証明
第4章 不条理の世界に対峙する
第5章 映像の過激派
第6章 テレビと民主主義
第7章 原発と電通
第8章 田中角栄が踏んだ「虎の尾」
第9章 「モンスター」の誕生と転落
第10章 首相への直言秘話
終 章 混沌を生きる方法

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