「はちみつレモン」バブルの到来
返す返すも1980年代半ばというのは、人々と酸味の付き合い方のターニングポイントだった。酢大豆が流行り、「食べる酢」から「飲む酢」への転換が起きた〝第一次お酢ブーム〞のまさにそのとき、もう一つの甘酸っぱい「飲む」ヒット商品も生まれていた。
それは、1986年(昭和61)にサントリーが発売したレモン果汁入り清涼飲料水「はちみつレモン」だ。
先駆けは、その前年に日清製油(現・日清オイリオグループ)が売り出した紙パック入りの「ハチミツ通り」だ。甘味料にはちみつのみを使い、テレビCMで「育ち盛りにいいみたい」とアピールしたように、子ども向けの商品として開発された。
後発のサントリーは果糖、ブドウ糖などを加えて飲みやすくアレンジ。爆発的な人気となり、後追い商品が続々と登場する〝はちみつレモンバブル〞を巻き起こした。
後発の「はちみつレモン」が売れた勝因は、飲みやすくしたこともさることながら、名前にレモンを入れたこともあったのではないだろうか。同じ頃、〝激酸商品〞と呼ばれるノーベル製菓の「スーパーレモン」や加藤製菓の「レモンCキャンディ」がヒットしている。
〝自然な甘さ〞のはちみつと、〝ビタミンCを多く含む酸っぱい〞レモンとの組み合わせが「体によさそう」というイメージを増幅させたにちがいない。
飲料業界では1980年(昭和55)に発売されたウーロン茶以来のヒットだと沸き立ち、「はちみつレモン」の発売からわずか3年弱で70種類以上もの類似商品が発売された。
わかりやすさを優先して「はちみつ」と「レモン」という一般名詞を組み合わせた名前にしたために商標登録ができず、結果的に同名の類似商品が世に溢れたのだ。
またたくまにブームは加工食品にも飛び火した。飴やゼリー、アイスはまだしも、パン、ホットケーキ、ドーナツにマーガリン、冷凍のミートボールやハンバーグ、カップめんまでがはちみつレモン味を標榜する始末。その節操のなさには驚くばかりだ。
そんな便乗商法が長く続くわけがなく、バブル崩壊の足音が聞こえてきた1991年(平成3)にブームは沈静化。はちみつレモンブームは、バブル期に食品業界で起きたお祭り騒ぎだったのかもしれない。
ブームが去ったあとに残ったのは、レモンへの好印象だ。以来、レモンを使った商品はたびたび話題になっている。
その背後には国産レモンの復調がある。国産レモンは1964年(昭和39)の輸入自由化で打撃を受けたが、1975年、輸入レモンに日本で禁止されている防カビ剤が検出されたことを機に国内生産が再開され、生産量は徐々に回復していった。
生産量日本一を誇る広島県では、2008年(平成20)にJA広島果実連が「広島レモン」を地域団体商標登録したのを皮切りに、県産レモンを生かした商品開発と販売促進に注力し始めた。広島レモンと青唐辛子を組み合わせた「レモスコ」(2010年発売、ヤマトフーズ)や、瀬戸内産のレモンを使ったスナック菓子「イカ天瀬戸内れもん味」(2013年発売、まるか食品)といった全国的に知られるようになった商品は、こうした地域活性化の流れのなかで誕生している。
そのほか昨今のレモンサワーブームも見逃せない。低成長時代を反映してか、2015年(平成27)から大衆酒場が流行り始めた。その目玉となったのがレモンサワーだ。昭和の老舗から、レトロさと現代風をミックスさせた「ネオ大衆酒場」まで、すっきりしたレモンサワーの味わいが評判になった。
その波に続いたのが、2019年(令和元)から沖縄県を除く全国で販売をスタートさせた缶チューハイ「檸檬堂」(日本コカ・コーラ)だ。レモンの皮も含めて丸ごとすりおろすという濃いレモンの口当たりがコロナ禍で話題になったことは記憶に新しい。