設計変更ゼロの「波打つ壁の76階建てタワー」
このアプローチは大胆な芸術性だけでなく、めざましい効率性も実現した。たとえばゲーリーが手がけたニューヨークの76階建ての超高層マンション、「エイト・スプルース・ストリート」の例がある。
ゲーリーは、風ではためく布のように波打つステンレスの外壁という、鮮烈なアイデアを考案した。だがこれを実現するには、壁の1つひとつのピースを工場で製造し、それを現場で組み立てる必要があった。
すべてのパーツを継ぎ目なく組み合わせて、壁の実用的な機能を提供しつつも、はためく布の美しい幻想をつくり出さなくてはならない。しかもそのコストは、一般的な外壁のコストを大幅に上回ってはいけない。
これらの条件をクリアするには、徹底した検証が必要だった。「あれを手でやっていたら、設計工期内に2、3回の検証をくり返すのがせいぜいだったね」と、ゲーリーの会社の建築家テンショウ・タケモリは指摘する。
だがデジタルシミュレーションの力を借りて、「数千回の反復が可能になった。おかげで高い効率性を実現し、平坦なカーテンウォールとほぼ同等にまでコストを下げられたんだ。工事途中の設計変更が一度もなかったことが、精度の高さを物語っている。76階建てのタワーにしては、かなりすごいことだろう?」。
ゲーリーはグッゲンハイム・ビルバオで世界的名声を得た何年もあとに、人気アニメ「ザ・シンプソンズ」に本人役で声の出演をした。シンプソン家の母マージがこの高名な建築家に、地元のコンサートホールの設計を依頼する手紙を書く。ゲーリーは郵便受けに届いた手紙を読むなり、丸めてポイと投げ捨ててしまう。だが、地面に落ちたしわくちゃの形を見て目を丸くし、「フランク・ゲーリー、あんたは天才だ!」と叫ぶ。
シーン変わって、ゲーリーがコンサートホールの模型を住民にお披露目するが、それはグッゲンハイム・ビルバオにそっくりだった……というオチだ。ゲーリーはのちに出演を激しく後悔するようになった。冗談でやったのに、みんな信じてしまったのだ。「あれには悩まされているよ」とテレビのインタビュアーに答えて言った。「シンプソンズを見た人は、あれが本当だと信じてしまったんだ」
フランク・ゲーリーが天才なのは間違いないが、あのアニメでの彼の仕事ぶりは、それ以外のすべての点で間違っている、いや正反対だ。
ゲーリーがグッゲンハイム・ビルバオの計画立案で実現した緻密さと精度は、建築の世界では──またそれ以外のどの世界でも──当時も今もきわめて異例である。私はこれまでゲーリーと、彼のスタジオや、オックスフォード大学での招待講演、それに道端でも、何度か話をしているが、彼はつねづね緻密な計画がカギだと言っていた。
「私たちの会社では、クライアントの予算と条件に合ったものをつくれるという確信が持てるまでは、建設開始を許可しない。利用可能なあらゆるテクノロジーを駆使して、構造要素をできるだけ正確に定量化することで、不確定要素を減らしているよ」
また、こうも言っていた。「ビジョンを実現できることをクライアントに保証したい。それを無理のないコストで実現できることを保証したいんだ」と。
グッゲンハイム・ビルバオとシドニー・オペラハウスの計画立案の違いは、いくら強調しても足りない。前者はプロジェクトを成功させる「ゆっくり考え、すばやく動く」の模範例で、後者はプロジェクトを失敗させる、「すばやく考え、ゆっくり動く」の悲劇的な例である。その意味で、これらの傑作の物語は、建設だけにとどまらない、多くのことを教えてくれる。
文/ベント・フリウビヤ 写真/shutterstock













