天然独世代の台湾ならではのライフスタイルとは
ここ10年ほどの台湾の若者、天然独世代が持つ価値観を象徴する言葉が「小確幸(小さいけれど確かな幸せ)」です。
日本の作家・村上春樹がエッセイのなかで使った言葉です。台湾では日本の大学で学んだ賴明珠という翻訳家によって、1990年代以降に多数の作品が出版され、『ノルウェイの森』は台湾に村上春樹ブームを起こしました。現在でも広く読まれる日本人作家の一人です。
その「小確幸」が出てくる一説を引用してみましょう。
引き出しの中にきちんと折ってくるくる丸められた綺麗なパンツがたくさん詰まっているというのは人生における小さくはあるが確固とした幸せのひとつ(略して「小確幸」)ではないか。(村上春樹『ランゲルハンス島の午後』新潮文庫)
お分かりいただけるでしょうか。
要は、自分の手の届く範囲で幸せな空間を作ろうという感覚ですね。
台湾の教育制度は日本と同じように小学校6年・中学校3年が義務教育で、高校が3年、そして高等教育として大学が存在します。大学は120校ほどと人口に比して多く存在しています。民主化以降は教育熱も高く、詰め込み教育の問題も指摘されていました。
しかし近年は少子化の影響もあって以前ほど大学進学が難しいものではなくなり、経済成長の鈍化もあいまって大卒者の就職率も高くはなくなりました。
そうした風潮に「小確幸」がはまったということもいえるかもしれません。
最近、台湾ではコーヒーショップが流行っています。日本統治時代、台湾はコーヒー豆の産地でしたが、台北などの都市部ではカウンターに5〜6席の小さなコーヒーショップが増えつつあります。バリスタ世界大会の王者が出たこともあって、さらに話題を呼んでいます。
こうしたショップをのぞいてみると、若い夫婦が経営している姿がよく見られます。
話を聞くと、多くの人が大学へ行って競争をかいくぐって大きな会社に勤めてはみたものの、どうも幸せだとは思えない。それよりも好きなパートナーと好きなコーヒーをいれるための小さな喫茶店を作るほうが幸福だというわけです。
物質的な豊かさよりも、精神的な豊かさを求める「小確幸」を求める若者の姿は、日本にはなかなかない、天然独世代の台湾ならではのライフスタイルだといえるでしょう。
文/野嶋剛