テレビをお笑い芸人のものにした松本人志

松本さんはさまざまな企画をプロデュースすることで、お笑い業界全体を活性化させてきました。おそらく「人はどういうときに笑うのか?」「こういうふうにすれば笑いやすくなるんじゃないか」と四六時中お笑いのことを深く考えるなかで、数々の名企画が生まれたのでしょう。

松本さんは『笑点』(日本テレビ)でやっているようなものとは違ったスタイルの「フリップ大喜利」を発明して、『IPPONグランプリ』(フジテレビ)のような大喜利番組を生み出しました。また、『すべらない話』(フジテレビ)では、芸人のエピソードトークをひとつの番組にすることに成功しました。

「笑ってはいけない」という状況を設定することで笑いを増幅させるというアイデアが画期的だった『笑ってはいけない』シリーズ(日本テレビ)は、15年間にわたって大晦日の風物詩として人気を博しました。この「笑ってはいけない」のシステムを応用した芸人同士の笑わせ合いは『ドキュメンタル』(Amazonプライム・ビデオ)にも採用されています。

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松本さんが考案した企画によってテレビ業界はかなりの恩恵を受けましたが、松本さんがテレビに与えた影響はそれだけではありません。特筆すべきは、芸人が活躍する番組が爆発的に増えたことです。
芸人はお笑い系のバラエティ番組だけではなく、さまざまな場面で重宝されるようになりました。ロケに出て何かをレポートしたり、リアクション芸を見せたりするのはもはや当たり前で、情報番組や報道番組に出てコメンテーターをしたり、俳優としてドラマに出演することも珍しくありません。テレビの全ジャンルを芸人が覆いつくしていると言ってもいいでしょう。

ひと昔前までのテレビでは、ここまで芸人の占有率は大きくありませんでした。かつてはバラエティ番組にも文化人や知識人と呼ばれるような人たちが出ていて、じっくりと含蓄のあることをしゃべったりもしていました。しかし、今ではそういう人をテレビで見かける機会はめっきり減って、即興で面白いことを言える芸人ばかりが重宝されています。
テレビ全体がお笑い化して、芸人のものになりつつあるのです。そういう時代になったのは、もちろんひとりひとりの芸人の日々の努力のおかげですが、そのなかでも松本さんの影響は大きいです。

今、テレビで活躍している芸人の大半は、松本さんの影響下にあります。松本さんの背中を見て育ってきているので、与えられたお題に対して即興で面白いことを返すコメント力がある人も多い。もともと芸人はその場の空気を読む能力が高く、求められたことを的確にやることができるし、芸人がしゃべっていれば場が保つということもあります。テレビのスタッフもますます芸人を頼りにするようになっているし、そのことで芸人の笑いの技術レベルもどんどん上がっています。

今のテレビの現場では、芸人以外のアイドルや俳優やアーティストにも、芸人的なスキルや立ち振る舞いが求められるようになっています。テレビの現場がお笑いの論理で動くようになり、お笑いがわかっている人が売れる時代になりました。