「点取虫」で「ギスギス」している

しかし、中屋は東大の女性学生を高く評価しつつも、男性と同等であるとまではみなしていなかった。女性学生は「男と比べると一般的に教授のいったことや読んだ本に書いてあったことは、よく覚えて知っているが、自分の知らないことを調べたり、自分自身の考えを出すというような点では、どうしても劣っているように見受けられる」というのがその評価であった。

「だから、例えば、試験問題にしても、きまりきった原論的なものであれば良い成績をとるが、応用的なものとなると必ずしもうまくゆかないのが普通である」。同じように「大体、女子学生というのは、教養課目のような一般論を学んでいるときには、あまり頭を用いることもないので、成績はかえって男子よりも優秀だが、3、4年生になって、そろそろ専門の分野に入って来ると、男との差はひどくなり、卒業のときには大てい下位である」とも指摘していた。

教養学部の教員が教養科目のことを「あまり頭を用いることもない」というのもあんまりであるが、女性は言われたことはちゃんとやるが、自分で考えることは得意ではないと信じていた。

中屋は他の女子大の学生と区別をしながらも、東大の女性学生を他の男性学生と平等に見ていたわけではなかった。「東大の女子学生は一般に点取虫で成績をひどく気にするし、男に負けないようにということをいつも意識している。その結果、女性としてはギスギスした感じのドライな面がどうしても強く現われて来ることが多い」と批判している。

女性は「あまり頭を用いない」とみなされる一方で、一生懸命に努力して、良い成績を取ると「点取虫」で「ギスギス」しているとされてしまうわけだから、中屋の基準からすれば、何をしても東大の女性学生は男性と同等の評価を得ることはできなかったのである。

結局、中屋にとっては男性の方が優れているのは明らかだった。「1から10まで口で言わなければ判らないというような点は、女性共通のこととみえて」、その点は他の大学の学生でも「東大生でもほとんど同じである」と断じていた。

日本を代表するアメリカ史研究者で、とりわけアメリカの民主主義と西部開拓史の関係などに詳しかった中屋は、戦後、東大教養学部アメリカ科の教員となり、米軍を中心とした占領下で始まった戦後の民主化教育の変容をまさに肌で感じる立場にあった。

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自分が東大文学部の学生だった時代と比べて「最近の学生諸君」は「いろいろな点ではるかに恵まれている」と感じていた彼は、その大きな理由は「学園生活に堅苦しさや形式的なことが次第に取りさられつつあるから」だとしていた。「殊に、戦前と比較にならないことは、女子学生がのびのびとして来たこと」であった。

その「のびのび」とした女性学生を見ていた中屋は「女子学生でも男子学生と同じように学問研究の意欲を持ち、同じような訓練を受ければ、大した実力の差はないようである」と述べることもあったが、それは女性がこれまで男性が作り上げてきた領域と基準のもとで活躍するという前提に基づいていた。

「これからの新しい女性は、すべからく普通の大学に進んで、男性と同じ教育を受け、同じ程度の──決して同じ種類の、ではない──人間としての能力を持つべきである」と中屋は主張したが、「普通の大学」や「男性と同じ教育」そのものに、圧倒的に男性偏向の価値観が内在しているという意識はなかった。

東大の女性学生が「言われたことはちゃんとやるが、自分で考えることは得意ではない」という中屋の考えは、圧倒的に男性優位なキャンパスで学ぶ女性が自由な発想をしたり、主張したりする際の困難を理解しないものであった。男性が評価する社会においては、女性として「自分で考え」て主張することがどれほど難しいかを想像することもなかった。

逆に彼は女性の潜在的な才能を認めながらも、彼女たちは「『夫唱婦随』の旧態依然たるものを持って」いて、その「書く論文なるものは、おおむね、論ではなくて、単なる作文にすぎないのである。若いから記憶力はすぐれている。しかし、記憶力にだけ頼っていると、自分でものごとを判断する力は養われない」というたぐいの意見を東大の教員として新聞や雑誌上で繰り返していた。


引用
*15 大下英治、前掲、26頁
*16 土持ゲーリー法一『米国教育使節団の研究』玉川大学出版部、1991年、141頁
*17 大下英治、前掲、30・46頁
*18 中屋健一『大学と大学生入学から就職まで』ダヴィッド社、1958年、65〜85・115〜147・253〜254頁/中屋健一「女子大学無用論」『新潮』1957年3月号、90〜94頁/中屋健一「前世紀の遺物女子大学」『婦人公論』1959年3月号、88〜91頁


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