「情けは人の為ならず」 は、科学的にも正しい考え方
私が好きな言葉の一つに、「情けは人の為ならず」というものがあります。
シンプルに言い換えれば、人に対する情けは、相手のためではなく、巡りめぐって自分のためになる……という意味です。
この言葉は、人に優しくすることの「核心」を教えてくれるものだと思います。
旧5000円札の肖像画で知られる教育者で思想家の新渡戸稲造は、1915年(大正4年)に著した『一日一言』の中で、次のように記しています。
施せし情けは人の為ならず
己 おのがこころの慰めと知れ
我れ人にかけし恵は忘れども
人の恩をば長く忘るな
これを現代語に訳すと、次のようになります。
情けをかけるのは、人のためではない。
ただ自分が満足できれば、それだけでいいと知っておこう。
人にかけた情けは忘れても、
自分がかけられた情けは、ずっと忘れないようにしよう。
要するに、人に優しくすることは、相手のためだけでなく、後で自分にも還ってくるのだから、人に見返りなど求めず、自分が満足するだけにしておこう……ということですから、この考え方に私も同感です。
精神科医として補足するならば、新渡戸稲造の考え方は、単なる人としての教訓ではなく、科学的にも正しい視点だと思います。
人間の心理には、 「返報性の法則」と呼ばれる原理があるからです。
返報性の法則とは、相手から優しくされたり、親切にされると、その好意に対して「お返しをしたい」と感じる人間の心理のことです。
友人や同僚にピンチを救ってもらったら、 「次は自分が相手を助けてあげたい」と思うのではないでしょうか?
相手に何かしてもらったら、その好意に報いるために、今度は相手にも何かしてあげないと気がすまない……という心理が人間には備わっているのです。
その一方で、返報性の法則には、マイナスの要素もあります。
相手に嫌なことをされた場合には、それに対して「仕返し」をしたい、復讐したいという気持ちが生まれてしまうことです。
周囲の人に優しく接している人と、冷たい態度を取っている人では、人に優しくしている方が、結果的にいいことがある……というのは、こうした人間の心理が働いていることに理由があります。