お金のことが原因で父を孤独にしてはならない

そこで母に詰め寄り、お母さんが先に死んだ場合は、お母さんの財産のすべてを私に譲ると書いてほしいといった。ギョッとする母に「お父さんを東京に引き取るための経費に充てたい」と説明した。妹たちも大好きな父のことは常に案じているゆえ、異論はないはずだ。子どもたちに譲るものがあるなら、父が安心して生きていくために使うべきだと考えるはずだし、父のためにならないことは反対するだろう。ここで妥協してはならないのだ。

だが。私の力説を前にしても、母は「お父さんをおいて自分は絶対に死なない」と繰り返すばかり。自分が父を見送るという信念は揺るがない。そんな母からすれば、想定外のことを言い出され、戸惑っているのもよく分かるが、遺言はあらゆることを想定して作るべきだ。

説明するうち、しぶしぶ母は承諾した。そこで母のノートをたぐり寄せ、3等分した表の上に司法書士にわかるよう「父が存命で母亡き場合はすべてを長女へ相続」と赤字を入れ母に見せた。相続の文字の下に(父に充てる経費)と記して。

そして万が一、私が母より先に亡くなった場合には、その部分を書き変え、妹のどちらかにすべてを相続させるよう書いた。母も「そうか、こうすればお父さんの介護費用になるのね」と納得した。

強引なようだが、これで母がうまく説明できずとも、司法書士にノートを見せればこちらの意図は理解してくれるだろう。

誰が父を引き受けても金銭的な不安にかられることなく、プロの手を借りながら安心して寄り添えるだろう。時には孫やひ孫と父の団らんの費用に充ててもいいではないか。

お金のことが原因で父を孤独にしてはならないのだ。

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最後は住みたい町に暮らす 80代両親の家じまいと人生整理
井形 慶子
「お母さんがいないとご飯も食べれない。寂しくて生きていけない」「お父さんをおいて自分は絶対に死なない」父が先か、母が先か、2通り想定した遺言書_2
2024年2月26日発売
1,870円(税込)
四六判/256ページ
ISBN:978-4-08-781749-2
人生の大きな変化は、何がきっかけになるかわからない。
「本当は商店街のそばで暮らしたい」
母の一言から小さなマンションに出会った。

実家売却、遺言書作り、家財道具を手放し
親子で目指した、新たな暮らし方とは?
感動の日々を描くエッセイ。

『年34日だけの洋品店』に続く50代からの生き方を綴る第二弾!

<本文より>
この歳で住み替えて本当に良いのだろうか、心は揺れたが、
これから二人が助け合って生活するにはマンションの方がいい。
今の場所で頑張り続けるより「無理をやめる」決断をする方が
どれだけ難しく、前向きなことか。

<もくじより>
1 親の老いに気づくとき
2 最後に住みたい商店街の町
3 80代でマンションを買う
4 待ったなしの遺言書作り
5 親の思いと子の現実
6「住みたい家」と「売れる家」
7 目標6ヶ月で実家売却
8 住み替えの不安を払拭するために
9 何でも売ってみる「家じまい」
10 一週間でお片付け
11 必要最低限の整理しやすくくつろげる家
12 2LKDの新しい家
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