<これまでのあらすじ>
――化粧品開発会社3年目の山田咲良は、東京科学技術大学の班目教授と共同で開発された化粧品「ドクターズコスメ」のリニューアル担当に任命された。プロジェクトの概要を説明するために班目教授を訪ねた咲良は、「説明が科学的でない」と一蹴される。その後、班目自身のプレゼンも見学し「起承転結」の重要性を知った咲良は、再度、プロジェクト説明のリベンジをするために、班目の研究室を訪ねた。――
距離は長さでしか測れないし、温度は高さでしか測れない
その日の午後、私は班目教授の元を訪ねた。先日のプレゼンのリベンジを果たすために。
私は用意した資料を見ながら説明した。
「近年、情報化社会の流れを受けて、購買層はさまざまな情報に触れることができるようになりました。化粧品業界においては、『肌に優しい』や『オーガニック』などの化粧品の性能を表現する言葉が氾濫し、顧客にとって本当に大切な情報や、信頼性が伝わらない状況だと思います。とにかく情報量が多い。そこで私たちが注目するのが、ドクターズコスメです。専門家の知見に裏打ちされた製品であることは大きな信頼性を持ち、その他のいくつもの言葉よりも強力に、正確に、顧客に伝わると考えています」
私はチラリと班目教授を見た。彼は黙って私の話を聴いていた。
「一方で、わが社が班目教授と共同で開発したドクターズコスメは、五年前に開発したもので、それ以降、見直しが行われていません。改良を加えなければならない理由は、消費者の動向の変化があるためです。ここ直近の動向を調査した結果に基づく商品開発を継続することで、今後も長くこのシリーズを継続できると考えます。そこで私が着目したのが、アンケートから見えてきた『肌への即効性』というキーワードです。つきましては私が提案したいのは、すぐに肌に効果がある、効果があると感じられる製品です」
班目教授は椅子に深く腰掛け、足を組んで私をじっと見ていた。私の話が終わっても、しばらくそうしていた。
「うん、良くなったよ。はじめよりずっと」
私は全身の力が抜けたように感じられた。溜まっていた涙が流れ出しそうになった(泣かなかったけれど)。
「起承転結も明確になった。どのような分析に基づいて、何を改良していくのかが明確になった」
よくぞ言ってくれました、と私は心の中で叫んだ。先日、班目教授に説明された起承転結の流れに、自分のプレゼンしたい内容を落とし込んでいったのだ。特に起承転結のそれぞれの中で、言葉がつながることを意識した。例えば、
起:ドクターズコスメという言葉の信頼性は強い。
承:わが社が開発したドクターズコスメは五年間見直しが行われていない。
転:アンケートの結果から、見直しを行いたい。
結:アンケートの結果「すぐに肌に効果がある、効果があると感じられる製品」が求められていると判断し、これを提案した。
班目教授のアドバイスのとおり、起、承、転、結のそれぞれの言葉の間で、言葉がリレーするようにした。こうすることで話が頭からお尻までつながるのだ。私はこの方法を『言葉のリレーの公式』と名付けることにした。