人権侵害に対する
日本サッカー協会の残念な認識

そこで、この疑問を日本サッカー協会に直接投げかけてみることにした。

取材を申し込む際に、近日中で先方の都合がよい日時に30分程度の直接の対面取材望している旨を伝え、対面取材が難しい場合にはZoomなどのリモート取材をお願いできればありがたい、それも難しい場合には、できれば書面による回答をお願いしたい、という内容の依頼状を10月10日に送付した。取材依頼の送付文面は以下のとおり。

(前段略)現在は11月20日に開幕する2022FIFAワールドカップカタール大会について取材を進めています。この大会については、開催前のスタジアムや関連施設建設の際に多数の移民労働者の方々が犠牲になったことが以前から報じられており、また、開催地であるカタール国は同性愛を違法とする等の人権問題についても懸念が表明されてきました。

これらの諸問題に対する抗議の表明や人権意識啓発として、たとえばフランスではファンゾーン設置を取りやめる都市が出てきたり、地方新聞によっては大会報道を拒否する等の措置を執るところもあるようです。

また、最近では、デンマーク代表のユニフォームを担当したヒュンメルが、同国代表の地味なデザインはカタールの苛酷な労働に対する抗議であることを公式に表明し、イングランドサッカー協会もこれらの建設で落命し負傷をした労働者たちへの補償について協力することを発表したとも報じられています。

この問題について日本サッカー界はどのように捉えているのか、また大会に向けて何らかのアクションを取る予定がおありかどうか、ということについて日本サッカー協会のご担当者様からお話やご意見を伺いたく、取材の申し込みをさせていただく次第です。(後段略)

回答がないまましばらく時間が経過し、再度取材依頼を中押ししようかと考えていた10月21日に、日本サッカー協会広報部から返事がメールで届いた。以下にその回答全文を紹介する。

日本サッカー協会(JFA)は国際サッカー連盟(FIFA)の加盟団体として、FIFAが定める規則や規約、ポリシーに従って活動しています。競技そのものだけでなく、紛争や自然災害なども含めてあらゆる社会課題の解決について、FIFAやFIFAに加盟する各国のサッカー協会と連携を取りながら行なっている活動も含まれています。

サッカーは、国籍や人種、言語、宗教、国際情勢などの枠を超えて世界の人々との相互理解や友情を深めることができる力を持ったものでもあり、今回ご連絡いただいた内容についても、FIFAおよび世界中のサッカーファミリーとともに、人権を尊重することにコミットし、人権保護の促進に取り組んでいくものと考えています。こうしたことは継続して活動に取り組んでいくことが重要であり、あらゆる人権上の問題を撲滅すべく、FIFAおよび世界中のサッカーファミリーとともに、更なる人権保護の促進に向けて取り組んでいく必要があると考えています。

JFAの人権保護に関する考え方として、JFAが行っている日本国内での取り組みをご参考までにお伝えいたします。昨今のように暴力や差別、ハラスメントなどが社会の中で大きな注目を集めるようになった遥か以前の1989年から、JFAは指導者や選手、関係者に広くフェアプレーやリスペクトの大切さを広める活動をしてきました。

1998年には「JFAサッカー行動規範」を策定し、2009年には「リスペクトプロジェクト」を発足させて啓蒙活動に力を注いでいます。同じく2009年7月には、国際連合が提唱する「国連グローバル・コンパクト」に日本国内で93番目の企業・団体として、スポーツ団体としては世界で初めて登録されています。

更に、JFAは、日本の中央競技団体としてはじめて、ユニセフ(国連児童基金)と日本ユニセフ協会が2018年11月20日に発表した「子どもの権利とスポーツの原則(Childrenʼs Rightsin Sport Principles)」に賛同し、それを参考に2019年5月には「JFAサッカーファミリー安全保護宣言」を発表するとともに、上記国連グローバル・コンパクトとUN Womenが共同で作成した「女性のエンパワーメント原則」にも署名し、スポーツ界の女性活躍を推し進めるべく、「JFA女性リーダーシップ・プログラム」を実施するなど、諸問題の解決に継続して取り組んでいます。

一読した印象では、質問状で挙げた事柄について何も具体的な回答がなく言及もしないまま、当たり障りのない文言で一般論を述べている文章、という印象は拭い難い。

人権侵害に対する日本サッカー協会の残念な認識…スポーツの舞台で人権意識啓発を訴えることは、はたして政治的な言動なのか_3

カタールで建設作業などに従事した移民労働者の死亡補償と救済の要求、同国での人権抑圧状況への抗議などについて、積極的な行動を起こしているチームや選手たちに連帯を示す意思が日本代表チームや選手たちにもあるのか、あるとすればどのような行動を取るのか、という質問に対する具体的な言葉は何もない。

上記回答文中の「今回ご連絡いただいた内容についても、FIFAおよび世界中のサッカーファミリーとともに、人権を尊重することにコミットし、人権保護の促進に取り組んでいくものと考えています」というくだりに、質問に対する漠然とした関連をわずかに感じ取れるかどうか、という程度だ。

では、そのために自分たちはどうするのか、何をしなければならないと考えているのか、という具体性は何も記されていない。むしろ、JFAはFIFAの下部組織である以上、(イングランドやオランダのサッカー協会が見せたような)意見を対立させる気は毛頭なく、その意思決定に従う、という従順な姿勢のほうが透けて見える。

全体としては、言質を取られないように具体的な固有名詞や事象には触れないまま、自分たちは人権保護啓発活動に積極的に取り組んできたと主張する、いかにもお役所的で事なかれ主義のような文章だ。

のれんに腕押しのようなこの文章の真意は、11月22日に田嶋幸三氏がカタール現地で日本メディアの取材に対応した際の言葉にすべて集約されている。

共同通信やNHKニュースは、この取材で田嶋氏が「今この段階でサッカー以外のことでいろいろ話題にするのは好ましくないと思う」「あくまでサッカーに集中すること、差別や人権の問題は当然のごとく協会としていい方向に持っていきたいと思っているが、協会としては今はサッカーに集中するときだと思っている。ほかのチームもそうであってほしい」と述べた、と伝えている。

この言葉からわかるのは、田嶋氏、そして日本サッカー協会は「スポーツに政治を持ち込まない」とするFIFAの見解に疑問を差し挟まず、ただ言われるままに従う、という官僚主義的で権威に従順な態度だ。