絶望が深いほど向こう側の世界を見たくなる
―― 最後のシーンもアキラが見せてくれたのでしょうか。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、切ない中に、どこか幸せな予感を感じる印象的なラストシーンです。
まだ戦後の匂いが残る、汚くて怪しげな下町で育った私の子ども時代は、毎日が刺激的で楽しく、幸せな時間だったと思う。だからこの小説も幸せな予感を残して終わりたかった。純文系の小説では、こういう終わり方は、軽く見られがちです。絶望の中で重厚に終わるほうが純文的な価値が上がるという感じは分かるんですよ。
でもね、本当の絶望を知ると、手探りであっても、その突破口を見つけたいという思いが強くなるんです。どうしても向こう側の世界を見たくなる。絶望って身を沈めていけば思うように転がっていけるんですよ。どこまでも下のほうに落ちていける。そこから浮かび上がるのは本当に難しいから。だけどどちらが重いかといえば、私は絶望に身を寄せるより、浮かび上がろうとするほうが重いと思うんです。だから、私は自分の作品で、絶望ぶりたくない。
―― 絶望には寄りかかれますからね。
そうなんです。私自身にも、絶望をあえて振り切ることを余儀なくされたことがありました。じつは夫が去年の十月に亡くなったんです。本当の無というか、不在の存在の重さを実感しました。そのときに、私は仕事もあるので必死に普通に暮らそうとしていたら、友達が、そんなに頑張らずもっと悲しみに浸りなよと言うんです。私が浮かび上がろうとしても、頭を押さえつけるように沈め沈めと言う。それを聞いて、いや、絶望は心の中にあるけれど、そこに浸るのではなく、今ある力を振り絞って日常を生きていくほうが大切だぞと思った。みんなそういう時期があるじゃないですか。その辺を歩いている方も、今とんでもないどん底にいるかもしれない。普通の表情で歩いていらしても、その方の抱えている絶望がどれほどのものかは計り知れないと思うので。
―― そうでしたか。悲しみを一日一日できることに振り向けるって強いですね。私はもう書けないとなっても誰も責めない状況の中で……。
しようがないよねってみんなに優しくしてもらえますからね。この小説は、夫が生きていたときに書き上げたのですが、その段階では、アキラの父親の死をはっきりとはさせてなかったんです。夫が読むという前提で書いていたから。
夫が亡くなってから、アキラが、お父さんにさようならと言うシーンを書きました。そこを書いたときに、三時間ぐらい泣きまして。でも、それはこの物語にとっても私にとっても必要なシーンだったと思う。アキラと同じように、さよならを言わなきゃと思うのに、やっぱりどこかにいると思って探してしまう。でもアキラが振り切ってくれたので、私も振り切れたんだと思います。
今度は自分と等身大の私小説に挑戦したい
―― 精神的にきつかったと思いますが、それを作品への力としてやり遂げたのはすごいことですね。次の作品への構想はありますか。
はい、今回は本当にきつかったですが、長年抱えてきたテーマを生み出せたという喜びもあります。前作の『ミシンと金魚』は、人生の最後の老境、今回は人生の始まりの幼少期を書いたもので、この二作は対極にあるように見えても、端っこと端っこではあるので、街を形成している人たちのメインのところではない。そういう意味では共通していますよね。
次のテーマを考えたときに、今までは自我とか自意識とかそういった部分はあまり書いてないなと思って、今度は、自分と等身大の物語を書こうかなと思っています。作家になりたいと思ってから、なるまでに二十年ぐらい結構な時間があったので、そこを這いあがってきたクライマーの話として(笑)。つまり、私小説ですね。
―― 私小説では、また永井さんの新しい世界が展開しそうですね。楽しみにしています。
いや、こうして作家としてデビューできたからこそ書ける話で、それがなければ誰にも読んでもらえないし、書く必要もない話です。でも、書くからには、ちゃんと読んでもらえるものを書きたいと思っています。