何かを失った人間の中で、一番最強

ある年の夏、数人で「海で遊んでその帰りに花火を見よう」という楽しい計画を立てていたが、前日になって彼女は絶望の表情を浮かべ、「どうしてもネタ合わせをすることになってしまった」と告げてきた。なんでも、今までコンビでのネタ合わせをサボりにサボり、ここへきて相方をカンカンに怒らせてしまったとのことだった。

日にちをずらすことも考えたが、他のみんなのスケジュールがこの日しか合わなかったので、結局「もしネタ合わせが早めに終わったら途中で合流しよう」ということになり、彼女以外のメンバーで遊びに出かけた。

しかし行きの車内でも、「ネタ合わせちゃんとやってるかな」「今ごろ海行きたすぎて暴れてるんじゃないですかね」と、彼女の話で持ちきりだった。どんなコミュニティであっても、求心力のある人間はその場にいなくても、話題の中心になるのだった。

夕方頃、海からあがって携帯を開くと、彼女から「体調が悪くなった演技に成功したから花火から合流する!」と連絡がきていた。海までで帰る予定だった子も、その連絡を受けて花火まで残ることになった。

河川敷の人混みの中で、周りをなぎ倒すように走って近づいてきた彼女は、囚人が出所したときよりも解放感に満ち溢れていた。その空気に呑まれ、なぜかみんなも数年ぶりの再会を果たしたように彼女を盛大に迎えた。

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そしてまもなく打ち上げられた花火に向かって、彼女は血走った目で咆哮していた。私は花火には目もくれず、その雄叫びを聞いて腹が痛くなるほど笑っていた。いや、どんだけネタ合わせ嫌やってん。ほんじゃあなんで芸人なってん。ほんで今なんで吠えてんねん。

私は笑いながら、彼女の荒唐無稽な生き様を前に、自分が生み出すフィクションの種が吹き飛んでいくような感覚に陥った。脳内で作り上げたコントの主人公が、彼女を越えられる気がしなかった。そしてこういう人こそが、人前に立つにふさわしいんだと強く思った。

その後も彼女は、ネタ合わせサボり事件、丸ごとセリフ飛ばし事件、事務所の重役に中指立て事件と悪行を重ね、堪忍袋の緒が切れた相方にいよいよ解散を言い渡されることになった。しかし夜の公園で解散話をしているときも、得意の嘘泣きで責任を逃れたらしく、「おかげで話す時間短くて済んだラッキー!」と言っていた。解散した彼女は事務所もクビになったが、もはや何かを失った人間の中で、一番最強だった。