哲学を知ることは自分の場所を作ること

──第13話は、哺乳類の中で一番あそこが大きくなるという、オスのバクが登場します。メスのバクに出会い、交尾をするまでの描写がドラマティックでユーモラスでした。

バク青年のつながるためのトゥーボが大きくなり始めました。なんだか頭がくらくらしてきます。鐘が鳴り続けます。バク青年には自分の脊椎に沿って咲こうとしている無数のワイルドフラワーさえも見えるようでした。そのときです。「乗らせていただきなさい」と、だれかのささやきが聞こえたのです。

ドリアン 体長2mほどのバクの場合、大きくなったあそこの長さは1mに達するとか。体の大きさに対するあそこの大きさは、哺乳類の中でバクが一番なんです。不思議ですよね。でもそれは決して、本人が選んだことではありません。

いわゆる性欲を飼い慣らしたり押さえつけることは、誰もが経験していることだと思いますが、それでも抵抗できない何かが私たちを貫いている。社会的な規約も大事ですが、命は何かに与えられたものであること、そして私たちの中にも宇宙の摂理があるという理解でこの物語を書きました。

ですので、メスと出会ったときに「やりたい」じゃダメなんです。そして「乗る」のではなく、「乗らせていただく」という敬語で表現しなければ(笑)。

バクのあそこは哺乳類一大きくて、アホウドリは生涯で60回子育てする!? ドリアン助川、構想50年の渾身作は、動物の叫びが心を揺さぶる21の物語_3

──哲学についてまったく知識がなくても楽しめますが、最終話の21話を読むと、スピノザから老子まで、古今東西の哲学・思想が各ストーリーに落とし込まれていることが明かされます。

ドリアン ただ、ある哲学者の考え方の一端を僕流に処理した物語もあるので、どのエピソードが誰の思想なのか、すべて明確に言えるわけではないんです。バクの物語は僕自身の思想ですしね。

この物語に登場する哲学はイロハのイですから、気に入ったものがあればぜひ深めていただきたいと思います。

──哲学を知れば、生きやすくなるのでしょうか?

ドリアン 老子は、学べば学ぶほど苦しくなると言っています。ただ、生きやすさと直接関係するかはわかりませんが、僕にとっては居場所を作ることができたと思っています。

会社に机があるから、自宅に部屋があるからと言って居場所があるかというと、そうでもないんですよね。

僕の場合は動物と思想家たちへの強烈な情熱を、寓話という手法を使って表現することができる。それこそが居場所ですし、少なくとも、書いている間は生きていくことができます。幸運だったなと思います。