愛すべき動物と有名人と普通の人の
山本流時代小説!
「動物もの」は時代小説でも鉄板の題材ですが、登場するのは犬猫など身近で、しかも愛らしい動物たちが中心です。ところがこの山本幸久の初時代小説に登場するのは、動物といっても駱駝・豆鹿・羊・鰐・猩々――江戸時代には珍しい動物ばかり。本作の主人公・木暮幸之進は、かつて御伽役として現藩主と兄弟のように過ごしながらも、今は退屈なお役目の毎日を送る青年。しかし何故か彼のもとには、そんな本来であれば江戸にいないはずの動物絡みの騒動が、次々と舞い込んでくるではありませんか!
これまで作者は、仕事に懸命に打ち込む普通の人々の物語をユーモアと情感たっぷりに描いてきました。しかし本作に登場するのは、大半が国定忠治に平手造酒、勝麟太郞に鳥居耀蔵といった、歴史に名を残す人物。普通の人である幸之進は、そんな有名人たちと動物たちの間で散々振り回されるのですが――人助け、動物助けのために奮闘するものの、力不足で痛い目に遭ってばかりの幸之進の姿は、やはり作者の主人公らしく、微笑ましく愛おしい、我々の分身として感じられます。
そんなユーモラスな物語展開の一方で、異邦から連れてこられた動物たちには「私はどうしてここにいるのだろう」と、もの悲しげな空気が漂います。しかしその想いは、実は人間も――歴史上の有名人であっても、皆が抱えるものにほかなりません。それでも、動物も有名人も普通の人も、そんな想いを抱えながら己の生を生きなければならない。そして生きていれば結構楽しいこともある――そんなちょっと元気が出る真実を教えてくれる本作は、愛すべき動物と人間の物語なのです。
ちなみに本作は、初の時代小説といいつつ手慣れた調子で江戸時代を描き、さらに軽々と伝奇的な大ネタを投入してくる作品でもあります。これを読んでしまったら、もう今後の山本流時代小説にも期待せざるを得ません。