アホウドリは約60年生き、メスは60回妊娠する!?

──「青春と読書」で連載された際のタイトルは「動物哲学童話」でしたね?

ドリアン 40代の頃から本格的に物語を書き始めましたが、“小説”という枠はどうも違うなという気がしましてね。たとえば『星の王子さま』とか『銀河鉄道の夜』も、童話の体裁をとっているけど読者は大人ですよね。僕自身も、大人に読んでもらえる童話や寓話のようなものを書くことが、自分に一番フィットしていると自覚したんです。

ただ、連載中には「子供に読ませたけどわからなかった」という問い合わせが何件かきました。大人に向けて書いているから、当然ですよね。

熱心な読者からは、今まで僕が書いた本を含めて「これが最高だ」と言ってくれた人もいますし、「まったく手を抜かず、楽しんで書いていることが伝わってくる」と言ってくれた人もいました。すごくいい反響がありましたね。

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──前半が日本編、後半が南米編ですが、動物の意外な生態に驚くことも多かったです。第10話に登場するアホウドリは約60年生き、メスは生涯で60回ほど妊娠・子育てをするそうですね? 

ドリアン いやあ、びっくりしますよね。しかも子育てをしながらちゃんと“渡り”もする。そういった動物に関する記事を見つけるたびに、15年前くらいからノートにスクラップしてきました。もうひとつ、高校の頃から哲学者の思想をまとめたノートがあるんです。ふたつのノートを見ながら、どんな組み合わせが面白いかというところから入るんです。

ただ、物語が生まれるのはいろいろ調べたあと。1週間くらいその動物の気持ちになって意識的に過ごしてみると、どんどんと物語が広がっていくんです。

──土を掘り続けることに疑問を抱き、生きる意味を見つけられないモグラを主人公にした第8話には、哲学者カール・ヤスパースの「限界状況」(死や罪など、どうにもならない壁に出くわすこと)が登場します。ビジネスパーソンにとっては、シンパシーを抱く内容だと思います。

あらためて考えてみれば、土を掘るという行為自体にはなんのおかしみもないとユーさんは思いました。掘りながら笑ったことは一度もありません。それでも、闇のなかでずっと掘り続けてきたのです。つまらないと言われてしまえば、本当につまらない人生、というかモグラ生だったのです。しかもモグラである以上、今後もずっと掘り続けるのでしょう。

ドリアン 主人公のモグラのユーさんはつまらない日常を変えようと、日記を書いたり、お酒を飲んでいるモグラと出会い、結局は答えを見つけられずにがっかりします。家に帰れば妻も冷たくて……。最後には、やけになって猛然と土を掘り始めるのですが、その穴が大きな円を描くんです。

ヤスパースは、自分の命に関わるような限界状況に接したときに初めて、神との対話があると言っているのですが、そういった偉大な祝福の声が聞こえてくるような、大きなゴールを物語の最後に用意しました。

ちなみにモグラが聞く「ヘイ、ユー!」という人間の声は、左とん平の『ヘイ・ユー・ブルース』です。それを読んで、何人が左とん平を思い出してくれるかな(笑)。

──そうだったんですね、気づきませんでした(笑)。ちなみにドリアンさん自身は、仕事において限界状況を経験したことは?

ドリアン ありますよ。20代の頃はフリーランスの放送作家でしたからね。扱いはこの世のゴミ以下でしたよ(笑)。テレビ局で番組の台本を書いていると、出演するアイドル宛にトラックでチョコレートが運ばれてくるんです。「メンバーごとにわけて置いておいてくれ」と言われたこともありました。やらなかったですけどね。限界状況は何回も経験しています。