映画『網走番外地』シリーズの主題歌は長きにわたって放送禁止歌だった

報道系、ドキュメンタリー系の番組を中心に数々の映像作品を手掛け、作家として数多くの著作がある森達也氏が書き記した『放送禁止歌』は、放送禁止歌のドキュメンタリー番組を制作する過程で出くわした問題や、その背景にある様々な事実に基づいて書かれたノンフィクションだ。

それによると、1959年に発足された日本民間放送連盟の「要注意歌謡曲指定制度」とは、あくまでも放送局や番組制作者が番組を作る際のガイドラインを一覧表で指定したものだったという。

ところが、拘束力がない自主規制だったにもかかわらず、音楽業界やラジオやテレビの放送関係者の誰もが、民放連によって電波に乗せて流すことが禁じられたのだと思い込んでいた。

その結果、1960年代から70年代にかけて、ザ・フォーク・クルセダーズの『イムジン河』、岡林信康の『手紙』や『チューリップのアップリケ』、高田渡の『自衛隊に入ろう』、赤い鳥の『竹田の子守唄』など、若者の支持があった多くの歌が放送メディアから閉め出された。

そして、高倉健が主演して大ヒットした映画『網走番外地』シリーズの主題歌も、長きにわたって放送禁止歌とされてきたのだ。

『網走番外地/流れのブルース』(テイチクエンタテインメント)のジャケット。1965年1月に発売されたレコード『網走番外地』のオリジナル盤を2014年にCDで復刻。カップリングには三界りえ子が歌う「流れのブルース」を収録
『網走番外地/流れのブルース』(テイチクエンタテインメント)のジャケット。1965年1月に発売されたレコード『網走番外地』のオリジナル盤を2014年にCDで復刻。カップリングには三界りえ子が歌う「流れのブルース」を収録
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もとはといえば、この楽曲は刑務所の受刑者たちの中で歌心のある者が、歌謡曲のメロディーに乗せて、囚われの身の心情を替え歌にして歌っているうちに、口伝で広まったものだ。

そのため自然発生的な歌詞が多く残っていて、映画でも様々な歌詞のヴァージョン違いが歌われてきた。素人でも歌いやすくてメロディが覚えやすい主題歌に、決して上手ではないが朴訥と歌う高倉健の声が果たした役割は大きい。

レコーディングには、ジャズ・ソングを歌い、映画やミュージカルで大活躍していた夫人の江利チエミが、リハーサルに付きっきりで歌唱指導をしたという。

しかし、「酒(きす)ひけ」などの隠語が歌詞に使われ、刑務所を美化する内容だという理由で、要注意歌謡曲のA指定を受けた『網走番外地』は、ラジオやテレビから聴こえてくることはなかった。

それでも映画の圧倒的な人気で、レコードは静かに売れ続けた。

その後、民放連の「要注意歌謡曲指定制度」というシステムは、1983年12月10日を最後に刷新されなくなり、やがて効力を失った。

高倉健の少しくぐもったような声によって命を吹きこまれた『網走番外地』は、今もまだ日陰の存在のままであるが、この先も静かに歌い継がれていくのだろうか。

それとも「臭いものに蓋をしろ」という世の中の流れの中で、命を断たれてしまうのだろうか。

文/佐藤剛 編集/TAP the POP