ドラッグなしではいられない身体と精神だった
1969年、今度は自身のバンド、コズミック・ブルース・バンドで初ソロアルバム『I Got Dem Ol' Kozmic Blues Again Mama!』を録音。メンバーの黒人ミュージシャンは「本当に白人なのか?」と耳を疑ったという。社会現象になったウッドストックに出演したのはこの年の夏だった。
しかし、ジャニスはバンドリーダーにはなれなかった。プレッシャーが大きすぎたのだろう。ドラッグなしではいられない身体と精神。舞台上で何万人もの異なった人々と愛を交わし、それからたった一人で家に帰らなければならなかった孤独と暗闇。年が明けると、ブラジルのリオで3か月の休息の日々を送る。
何とか27歳の誕生日を迎えたけど実感はゼロ。人生って不思議ね。2年前とは大違い。でもある時点で気づいたの。そこそこデキる人間は世の中に大勢いる。成功のカギは野心よ。自己実現への欲求。人に愛され、必要とされたいとかなの。地位とか財産とか物質的な欲望じゃなくて、大勢の愛情が欲しいか否か……なんてね。ジャニスより
ドラッグを絶ったジャニスは、フル・ティルト・ブギー・バンドを結成して活動を再開する。最後のコンサートは8月12日だった。9月、高校の同窓会に参加するためにポート・アーサーへ帰郷。
しかし昔と同じように孤独を味わう。普通なら受け流すことも、彼女はしっかりと受け止めてしまう傷つきやすい性格だった。
そして10月4日。LAのホテルで再び手を出したヘロインの過剰摂取により死亡。享年27。
人生の転機を迎え、アーティストとしてやっていけるという自信と手応えをつかんだ矢先の悲劇。遺作『Pearl』は最大のヒットとなった。
家族のみんなへ。信頼を裏切ってゴメンなさい。でもこの機会に賭けたいの。今度こそうまくやるわ。今日はこの辺で。また近況を報告するわね。お小言は上記の住所まで。1つお願い。いくら何でも世界征服は無理よ。期待しないで。ジャニスより。愛を込めて。
映画の最後で流れる「Little Girl Blue」(※2)は感動的だ。それまでの激しい感情を包み込むように、優しく歌いあげるジャニスの姿がどこまでも心に残る。
そのままそこへ座って
そう、それでいいわ
そして指を数えるの
他に何をしようか
ハニー したいことはある?
痛いほど分かるわ
あなたの辛い気持ち
もう懲り懲りよね
そのままそこへ座って
いいから指を数えて
不幸で可哀想な
でも愛しいリトル・ガール・ブルー
辛い気持ちは
ハニー 私には分かっているわ
あなたの心の痛みそのままに
Lyrics : Lorenz Hart
Music : Richard Rodgers
(※2) 「Little Girl Blue」
ニーナ・シモンの歌唱でも有名だったスタンダード・ナンバー。ジャニスは歌詞を独自に削ったり付け加えて歌いあげた。彼女のヴァージョンはこの曲の最も感動的な歌唱の一つとして知られている。
文/中野充浩 写真/shutterstock