まだ描かれてない東京に住む人たちの物語がある

麻布 「東京出身/地方出身」という軸と、「成功している/していない」という軸でマトリクスをつくると、「東京出身/成功している」「地方出身/成功している」のゾーンにいる人は作品にもよく出てくるんですよ。

タワマン文学の語り手の多くは、地方出身で東京に出てきて成功した人。あと「地方出身/成功していない」も地方のマイルドヤンキーとして作品に登場することがある。

でも、「東京出身/成功していない」という層は可視化されていないんです。特に、貧困とまでは言えない層。

児玉 本当にそうだと思います。

麻布 その人たちは、東京に住んでいる「成功している」人との接点が少ないんですよね。以前、自分の書いたものにブチギレている人って、どういう層なのかつぶさに調べたことがあるんです。そうしたら、東京出身で成功していない人が多いとわかりました。

「東京出身/成功していない、という層は可視化されていないんです」「港区女子が幸せとは限らない」児玉雨子と麻布競馬場が着目する、まだ物語になっていない都会の人々_3

児玉 調べたんですね(笑)。

麻布 はてなブックマークで「麻布競馬場は田舎もん」ってマウントとってた人のプロフィールに「(東京都中央区の地名)生まれ・育ち」って書いてあったんです。そうか、東京で生まれ育ったエリートなのかなと思ったら、充実しているとは言い難いポストばかりしていて。

児玉 あー……。

麻布 文芸作品の語り手は高度な文章力を持っている、つまり社会的にはエリート層と呼ばれる人が多いです。その点、彼らは語り手になることは少ないし、語り手との接点もあまりないから、描かれない。ここは透明化されているなと思います。

少し視点を変えると、80年代、90年代ってあんまり、「東京が地元」という主人公の作品があまりなかったのかなと。東京育ちの人って、中学校、下手したら小学校の時点で家から離れた私立の一貫校に通うから、家の周りが地元じゃないんですよ。

児玉 わかります!

麻布 概念的に、中高で通っていた学校のコミュニティが「地元」になるんですよね。だから、地元の成人式に行かない。

児玉 やめてください、こ、心の古傷が……(笑)。

麻布 「地元」が生まれ育った土地と切り離されているんですよね。

——漫画、音楽、そして小説の分野でも、まだ描かれていない東京がありそうですね。

児玉 あると思います。まだ光が当たっていない人たちがたくさんいる。対談の前編ではタワマン文学は立身出世物語の系譜にあると言いながらも、麻布さんが嚆矢(こうし)となって、ツイッター文学として東京に住む様々な現代人が描かれるようになってきましたよね。私も、もっとそういう作品を読みたいです。

「東京出身/成功していない、という層は可視化されていないんです」「港区女子が幸せとは限らない」児玉雨子と麻布競馬場が着目する、まだ物語になっていない都会の人々_3

——児玉さんも書いていく?

児玉 書けるかどうかはわからないのですが、ずっと気になっているのが、先程出てきた「可視化されていない東京の女性」の存在です。地方出身で、東京でがんばって成功した女性は発信力もあるし、よく描かれるんですけど、そうじゃない側の東京出身の女の人もいる。そうした人たちの物語は、新しいものになるかもしれませんね。


【前編】 《児玉雨子×麻布競馬場 対談》 “都会コンプレックス”はいかにして生まれるのか? 「『文化資本がないから東京出身の金持ち育ちに勝てない』というのは、行動しない地方出身者の免罪符」


文・インタビュー/崎谷実穂
写真/山田秀隆
編集/毛内達大

江戸POP道中文字栗毛
児玉 雨子
「東京出身/成功していない、という層は可視化されていないんです」「港区女子が幸せとは限らない」児玉雨子と麻布競馬場が着目する、まだ物語になっていない都会の人々_3
2023年9月26日発売
1,650円(税込)
四六判/176ページ
ISBN:978-4-08-788095-3
大注目の作詞家・小説家が読み解く、破天荒な江戸文芸の世界!

・平賀源内が書いた異種ヤンデレ純愛幼馴染ハーレムBL?!
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新感覚文芸エッセイ12本に加え、芥川賞候補にもなった著者による3本のリメイク短編小説を収録。

「この本が近世文芸に触れるはじめの扉になればうれしいです」(はじめに)

【本書で紹介する江戸(近世)文芸】
▼「蛙飛ンだる」→「蛙飛び込む」?編集を繰り返す松尾芭蕉
▼風来山人(=平賀源内)による衝撃の異種ヤンデレ純愛幼馴染ハーレムBL『根南志具佐』
▼千手観音の手をめぐるドタバタコメディ、芝全交『大悲千禄本』
▼井原西鶴『世間胸算用』が映す、カネに振り回される人間世界の切なさ
▼江戸時代のスラング盛沢山!恋川春町『金々先生栄花夢』
▼南杣笑楚満人『敵討義女英』が応えた女性読者のニーズ
▼アンドロギュノス×心中の奇想、曲亭馬琴『比翌紋目黒色揚』
▼式亭三馬が老若男女のリアルな姿を描破する、『浮世風呂』の〈糞リアリズム〉
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著者:川野倫、原作:麻布競馬場
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2023年10月19日発売
715円(税込)
B6判/192ページ
ISBN:978-4-08-893030-5
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