がん細胞がぷちぷち壊れていく…人類の希望「光免疫療法」発見の瞬間「がんを光らせる実験のはずがまさかの結末に」
2020年9月、厚生労働省から正式に承認を受け、楽天メディカルが普及に尽力中の光免疫療法。およそ9割のがんに効く治療法であると期待されている。がんという複雑怪奇な病に立ち向かう、この治療法はいったいどうやって生まれたのだろうか。『がんの消滅:天才医師が挑む光免疫療法』 (芹澤健介[著]/小林久隆[医療監修]、新潮新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
『がんの消滅』#1
「がん細胞だけを狙い、物理的に殺す」シンプルなメカニズム
実際、小林の研究生活はここから大きな変化を遂げていくことになる。光免疫療法は「第五のがん治療法」として注目を浴びる中、2020年9月に承認、12月に保険適用を果たすわけだが、まずは光免疫療法のざっくりとした仕組みはこうだ。
小川が出会った「奇妙な現象」のメカニズムは実にシンプルである。光免疫療法はがん細胞だけを狙い、物理的に、「壊す」のだ。がん細胞と特異的に結合したIR700が、近赤外線を当てられると化学反応を起こし、がん細胞を破壊する。これだけだ。
後の研究で詳しくわかったことでは、IR700は近赤外線を照射されると化学変化を起こして結合している抗体の形状を物理的に変化させる。その際、がん細胞に無数の穴を空け、穴から侵入した水ががん細胞を内部から破裂させるのだ。
この「がん細胞だけを狙い、物理的に殺す」という点が光免疫療法の重要な特徴だ。この仕組みはのちに詳しく見ていくことにする。
原理はシンプルだが、もちろんここには最先端の科学技術が詰まっている。
どうやってがん細胞にだけIR700をくっつけるのか?
なぜ近赤外線を使うのか?
特定のがんにしか効かないのではないのか?
そもそも、画像診断の研究をしていたはずの小林が、なぜ治療へと研究の舵を切ったのか?
その根底には、小林のサイエンティストとしての、そして医師としての、深い知見と哲学が宿っているのだが、詳細を見る前に、なぜこのシンプルな光免疫療法が「ノーベル賞級」と言われ、がん治療の「第五の治療法」と呼ばれるほどに注目されたのかを見ておこう。
「第五の」と言うくらいであるから、これまでに「第四」までが治療法として認められてきた。長らく「三大療法」とされてきたのが「外科療法(外科手術)」「放射線療法(放射線治療)」「化学療法(抗がん剤治療)」である。
「第四の治療法」と呼ばれるのが本庶佑京都大学特別教授が開発に携わり、2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞したことで知られる「がん免疫療法」だ。
文/芹澤健介 写真/shutterstock
#2『人間とがんとの戦いに終止符をうてるか…「がん細胞だけを狙って殺す」希望の光免疫療法とは? そのメリットとは?』はこちらから
#3『人類の希望…9割のがんに効果があるという「光免疫療法」の真価とは。「物理的にがん細胞を壊す」「再発しても免疫細胞がいち早く反応」』はこちらから
『がんの消滅:天才医師が挑む光免疫療法』 (新潮新書)
芹澤 健介 (著)、小林 久隆 (監修)
2023/8/18
¥924
256ページ
ISBN:978-4106110061
なぜ「天才」なのか
どこが「ノーベル賞級」なのか
原理はシンプル――だがその画期的機構から「第5のがん治療法」と言われ、世界に先駆け日本で初承認された「光免疫療法」。がん細胞だけを狙い撃ちし、理論上、「9割のがんに効く」とされる。数々の研究者たちが「エレガント」と賞賛し、楽天創業者・三木谷浩史を「おもしろくねえほど簡単だな」と唸らせた「ノーベル賞級」発見はなぜ、どのように生まれたのか。「情熱大陸」も「ガイアの夜明け」も取り上げた天才医師に5年間密着、数十時間のインタビューから浮かび上がる挫折と苦闘、医学と人間のドラマ。
「はじめに」より
がんをもはや「怖くない」と言う人もいる。国立がん研究センターによれば、日本人の2人に1人ががんになる。東京都をはじめ、各自治体は「早期発見すれば、90%以上が治ります」とがん検診を勧める。「全身にがんが広がっていなければ、約50%の人が治りますと言う医師もいる。(中略)だがそれでも、日本人の死因1位は1981年から変わらずがん(悪性新生物)だ。2021年の厚生労働省の統計によると、がんの26・5%は2位の「高血圧性を除く心疾患」の14・9%を大きく引き離す。年間170万人ががんになり、そのうち70万人が治療法がないなどの理由で「がん難民」になると言われる。結局のところ、日本人は2人に1人ががんになり、4人に1人はがんで死ぬ。この数字が示すのはむしろ、身内や親しい友人をがんで失ったことがない人など、どのくらいいるのだろうということだ。「9割のがんに効く」治療法があれば、どのくらいの人たちと私たちはまだ一緒に過ごせていただろうかということだ。光免疫療法はまだ途上である。現状は、限られた病院で、限られた患者の、限られたがんに施されるに過ぎない。「夢の治療法」が現実化するためには、越えなければならない壁がいくつもある。本書では足かけ6年にわたる小林久隆医師への直接取材を基に、光免疫療法のメカニズムとその現在、過去、未来を描くとともに、私たちが直面する「壁」とは何なのか、この治療法が生まれた背景に何があったのかを報告したい。
「目次」より
はじめに
第一章 光免疫療法の誕生
実験現場の奇妙な現象/光免疫療法の「発見」/光免疫療法の原理/標準治療/三大療法/「がんの消滅」/NIH──米国国立衛生研究所/39歳でのリスタート/〈ナノ・ダイナマイト〉/爆薬IR700/起爆スイッチ/スイッチのオン・オフ/〈魔法の弾丸〉/分子標的薬/ミサイル療法/9割のがんをカバーする/光免疫療法の真価/免疫はがんを殺せるか/制御性T細胞/〈免疫システムの守護者〉/「全身のがんが消えた」/偶然か戦略か/イメージングがもたらしたもの/“見る”ことと“治す”こと/光免疫療法への道/完璧な理論武装
第二章 開発の壁
資金の壁/誰と組むか/西へ東へ/三木谷浩史と父のがん/「おもしろくねえほど簡単だな」/1週間で3度の会合/RM -1929/治験の壁/施術条件の壁/ある同僚の死/効きすぎてしまった?/奏効率の壁/政治の壁/「ひとりの天才がいるだけではダメ」/辿り着いた国内承認/現場の医師より/光免疫療法ではない治療/「人生最後の山」
第三章 小林久隆という人
ノーベル賞はありうるか/「同世代のヒーロー」/医師で化学者で免疫学者/「まっすぐではなかった」道/謳歌した大学院時代/渡米ショック/学位論文/苦い教訓/どん底の研究生活/“医者”か研究者か/まともなことをしてるんやろか/年1500件の内視鏡検査/「がんこ」で「しつこい」/少年時代/灘の“化学の鬼”/京都大学へ/何かを見つけるための6年間/震災の記憶/日本のキャパシティ/骨ぐらいは拾ってやる/「無駄な実験なんてひとつもない」
終章 がんとはなにか
がんは難しい/セントラル・ドグマ/自己の分身/光免疫療法の未来
おわりに