妻が拘束されたらどうしよう

1人で記者をしているのならどんなに気楽だっただろう。中心部で取材を続けているのなら、いざとなれば記者仲間らと連携して逃げればよい。

大量のメッセージに正直、うんざりすることもあったが、ネットが切断されて孤立するのではないかとひやひやしていたので、朝起きて、メッセージが入っているのを確認すると、とにかくホッとした。

私が何よりも恐れていたのはロシア軍の占領下に置かれることだった。

プーチンが指揮した1999年からのロシア南部チェチェン共和国を舞台にした戦争で何が繰り広げられたのか、現地で取材したロシア人記者、アンナ・ポリトコフスカヤから詳しく聞いていた。

市民の拉致(らち)監禁、拷問、虐殺、性的暴行……。そうしたロシア軍による蛮行の証言を集め、プーチン政権を糾弾し続けたアンナも2006年に暗殺されている。

「記者じゃない、当事者だ」ウクライナ侵攻開始直後、「あなたは何もしていない。記者でしょう? 書いたらどうなの」とウクライナ人妻から言われた日本人記者のホンネと葛藤_3

ウクライナで親ロシア派政権が崩壊した14年以降、多くのウクライナ人がロシアで不当に拘束され、虐待を受けている。モスクワ特派員時代に私はそのうちの1人に直接取材し、拷問の生々しい実態を聞き出したこともあった。

アメリカ政府は今回の侵攻が始まる前から、ロシアが「キル・リスト」を作成しているとするインテリジェンス情報を公表していた。ロシアがウクライナを占領した場合に、殺害または強制収容所送りにする政治家や記者、人権活動家らの名簿だ。外国人記者を拘束し、欧米との取引に使うのではないかとの憶測も流れていた。

北東部から侵攻したロシア軍部隊がキーウの数十キロに迫っている、残虐なチェチェン人部隊が動員されている--。そんな情報に触れながら、私は何度もロシア占領下の地獄絵を想像した。日本のパスポートを見せれば助かるだろうか、しかし、妻が拘束されたらどうしよう--?