笑いやノスタルジー、母娘愛が詰め込まれたストーリー

『バービー』の上映禁止、ネットミーム炎上、バービー人形燃やし騒動…世界中でアンチ旋風が吹き荒れたのに全世界興行収入約12億ドル達成ヒットのナゼ_2
©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

アメリカでは公開週末の映画チケットが完売し、バービー・カラーであるピンク色を身につけた観客が大挙して映画館に押しかけた。コアの観客層である若者世代はやはりリベラルかつ進歩的ということだろう。

色々と理屈をこねてみたが、『バービー』のメガヒットの要因は、なんといっても作品そのものが魅力的だということに尽きる。バービーの世界観を具現化し、そこに女性が経験するであろう、さまざまな体験や複雑な心の機微を盛り込むだけではなく、笑いやノスタルジー、母娘愛や姉妹愛までも詰め込んだ実にエモーショナルな物語なのだ。

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1959年の発売以来、顔立ちや体型、髪の色や人種などを多様化させて進化してきたバービー人形の物語は、その生い立ちからスタートする。冒頭、赤ん坊人形を手に家事や育児の真似事をしていた幼い少女たちの前に、『2001年宇宙の旅』(1968)のテーマ曲と共に現れたのは、モノリスではなく巨大なバービー人形。

美しくセクシーなバービー人形は、少女たちに人生でより高い目標を設定する指標となったのだ。ヘレン・ミレンによるナレーションでは「バービーのおかげでフェミニズムと不平等問題はすべて解決されました」と語られる。

このナレーションに大抵の女性は「マジですか?」と思だろうが、超ハッピーで超ピンクな世界観のバービーランドを見れば納得するはずだ。バービーたちはそれぞれが、政治家や宇宙飛行士、医師や弁護士、物理学者やノーベル賞受賞の小説家、建設従事者として大活躍しているのだから。

ところがバービーランドで幸せな毎日を繰り返す主人公の“典型的な=汎用デザイン” のバービーの頭に、ある日、「死」という考えが浮かび、ハイヒール仕様の足がペタンコになり、セルライトができたから大変!? バービーランドの隠遁者/賢者ウィアード(変わり者)バービーの助言を受けたバービーは、かつての悩みなき人生を取り戻すべく現実社会にGO!

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ところがそこは、バービーが女の子たちに伝えてきた「女性は何にでもなれる」理想郷ではなく、家父長制度や男らしさが蔓延する世界だった。さらにバービーの現実社会での持ち主と思われる少女サーシャからは、「ありえない美の基準を作ったバービー人形は女性の敵であり、女性運動を後退させた」と責められ、大泣きすることになる。

一方、バービーの旅に同行したボーイフレンド人形のケンは、道端で時間を尋ねてきた人から「サー」と呼びかけられて大興奮。男性というだけで尊敬される社会構造があると思い込み、男性賛美のポリシーをバービーランドに持ち帰ってしまうのだ。

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ケンは、もともとバービーのボーイフレンドとしてデザインされ、バービーランドでは家やキャリアを持たない、あくまでもバービーの添え物的存在だ。ある意味、彼らは現実社会における女性のメタファーと言える。そんなケンが、ジェンダー・ギャップを縮めるどころか一気に拡大させていく。『ゴッドファーザー』(1972)の世界観と疾走する野生馬(スタリオン)を理想とし、先鋭化させていく姿は滑稽だが恐ろしくもある。

家父長制に染まり、バービーランドを男社会に変えたケンはもはや女性のメタファーではなく、ミソジニスト(女性嫌悪・蔑視主義者)だ。社会的に高い地位についていたバービーたちを洗脳し、権利やキャリアを奪うのは、バービーの添え物であった彼らの復讐とも言える。

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ライアン・ゴズリングがコミカルに演じているから脅威は感じないかもしれないが、女性の権利を取り上げ、従属させようとする男性は実在するし、そういう男性が権力や政治力を持つとどうなるか……背筋が凍る。