映画製作を前提に執筆した『人間の証明』

「読んでから見るか、見てから読むか」

これは1977年秋に公開された角川映画『人間の証明』のキャッチコピーである。当時、この惹句に胸をときめかせながら映画とその原作小説の双方に接し、お互いの相違点などを認識しながら、映画を見ること、小説を読むことに目覚めた若者層は数多い。

私自身がまさにそれで、多感な思春期に『人間の証明』の小説と映画の両方を見たことが、現在のこういったモノ書き仕事をする上での礎になっている。ちなみに私は当時、小説を読んでから映画を見た。

角川映画によって日本中が森村誠一を知ることに

出版社・角川書店の当時の総帥・角川春樹が映画製作に乗り出し、その第1作『犬神家の一族』(1976)が大ヒット。それに伴い、原作者・横溝正史のブームが日本中で巻き起こる。続く第2のブームとして、角川春樹は森村誠一の『人間の証明』の映画化を推進していく。もともと角川春樹は『犬神家の一族』を完成させる前から、森村誠一に映画製作を前提とした小説をオーダーしており、それに応えたものが『人間の証明』であった。

1933年1月2日生まれの森村誠一は出世作『高層の死角』をはじめ、ホテルマン出身のキャリアを生かしたミステリ小説などで知られる存在であり、1976年には『超高層ホテル殺人事件』が映画化されるなど注目株の作家ではあった。だが、その都会派的スタンスもあってか、都心部に比べて地方での人気や知名度は今ひとつといった印象があったという。

そこを角川春樹は映画製作とそれに伴う大量宣伝をもって、森村を大々的に売り出すことを決意し、その目論見は見事に成功する。映画が公開される頃には日本在住者で彼の名前を知らない者はほとんどいないであろうといっても過言ではないほどの存在と化していた。