1万円以下で売る「トー横キッズ」

「属性」もはっきりしている。大久保病院側に立つのはホスト、メンコン、メン地下に狂う女の子たちである。かつては夕方過ぎからぽつん、ぽつんと立ち始めていたが、近ごろは日中からも立つようになった。客数は少ないが、そのぶん商売敵も少なく、稼げると認知されてきたからだ。

やはり夜7時くらいにピークを迎え、朝方まで続く。日付が変わってからは、ホストクラブを退店して担当と離れたホス狂いや、ライブがなければ時間帯を気にせず立てるメン地下推し勢が占める。

売春が専業で、風俗未経験者であったり、過去に経験はあっても風俗店に籍だけを置いていまはもう出勤をしていない者が主だ。「貧困」や「家族や友人との関係が希薄で頼る人がいない」ことを背景にする者は、若い世代に限りほとんどいない。

対して公園裏の路地に立つのは、琴音や未華子のように、かつてはセックスワークを流浪しながらホストに貢ぐホス狂いだったが、いまはそれも少し落ち着きここに流れ着いた、30代以上のベテラン勢だ。新顔のように見えるが、いまも風俗や出会いカフェと兼業する者が多く──一部は貧困や頼る人がいないという背景があるが── 立つ理由も「風俗よりラクだから」といった怠惰なものでしかない。以前は知る人ぞ知る場所だった界隈は、SNSが駆動力になり深刻化するばかりで、誰もが簡単に売り買いをする危機的状況に陥っている。

そこに「トー横キッズ」が流入しさらに混沌とするのは、2022年7月ごろからのことだ。理由は例の「トー横」の一斉補導に違いはなかった。

トー横には、家庭環境などに問題を抱えた若者が集まる(高木氏撮影)
トー横には、家庭環境などに問題を抱えた若者が集まる(高木氏撮影)

大人たちに紛れて路上に立つ「トー横キッズ」。多くは10代半ばの未成年である。若さを下敷きに相場より高値で売っているのだと、当初僕は思っていた。

だが仙頭の答えは違っていた。大人たちの売春相場が2万円前後であるのに対し、「トー横キッズ」はシネシティ広場からふらっとやってきて1万円以下で売るというから驚いた。

「このままずっと立ちんぼで生きるって感じじゃなくて、いまからビジホに泊まるとりあえずのカネがほしいからと7千円、8千円でもヘーキで売春するんだって。大人たちからすれば『相場が崩れるから困る』って」

ホスト、メンコン、メン地下などが路上売春を生む舞台装置に

事情に詳しい知人によると、下は13歳からの少女たちが売春目的で路上に立つ。緩く組織化もされていて、ヤクザや、ヤクザまがいの男を後ろ盾にして、トー横仲間で年が少し上の青年が近くで見張り、何をするわけでもないが少女たちが売春で得たカネのなかから数千円の上前をはねている。未成年が絡むと、また2012年の「女子高生立ちんぼ」現象のように、そうした影もつきまとうのか。

問題視する側も、警察が摘発に乗り出したり、ボランティア団体が注意喚起をしたり、NPO団体が女の子に聞き取り調査をして救いの手を差し伸べたり、さまざまな努力をしてはいる。

警察によるハイジア・大久保公園周辺の巡回が強化された(2022年10月/高木氏撮影)
警察によるハイジア・大久保公園周辺の巡回が強化された(2022年10月/高木氏撮影)
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それでも改善されないのは、売春防止法には売春自体の処罰規定がないことでホスト、メンコン、メン地下などが問題を生み出す舞台装置になっているからだ。彼女たちにしてみれば、担当や推しに貢ぐカネが必要なときは「立つ」のがもっとも手っ取り早いのである。

だが、ある街娼が「警察とかほんと迷惑。ウチらはこれが仕事だし、好きでやってるし」と話したように── その是非は別として── 資本主義というわが国が推奨する理念で、担当と女の子とは繋がっている。仮に大きな権力で一掃したところで、つまり土壌が残る以上、少し場所が移動するだけだったり、首を挿げ替えることに成功しただけになる可能性は残り続ける。

文/高木 瑞穂

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『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』
高木瑞穂
2023年7月26日
1,760円
256ページ
ISBN:978-4865372601
ここ最近、新宿歌舞伎町のハイジア・大久保公園外周、通称「交縁」(こうえん)には、若い日本人女性の立ちんぼが急増している。その様子が動画サイトにアップされ、多くのギャラリーが集まり、現地でトラブルが起きるなど、ちょっとした社会現象にもなっている。
彼女たちはなぜ路上に立つのか。他に選択肢はなかったのか。SNS売春が全盛のこの時代に、わざわざ路上で客を引く以上、そこには彼女たちなりの事情が存在するに違いない。
「まだ死ねないからここにいるの」
一人の立ちんぼが力なく笑った。
本書では、ベストセラーノンフィクション『売春島』の著者・高木瑞穂が、「交縁」の立ちんぼに約1年の密着取材を敢行。路上売春の“現在地”をあぶり出すとともに、彼女たちそれぞれの「事情」と「深い闇」を追った――。
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