子どもの能力と親の働きかけの駆け引き

このデータでは、親が子どもに「勉強しなさい」と言わない方が成績が良いことも示されました(②)[図3−2]。これは因果関係が逆でしょう。

つまり親が「勉強しなさい」と言うのを我慢する方が子どもの成績が上がるという意味ではなく、子どもの成績がそもそも良いので、親はわざわざ「勉強しなさい」と言わずにすんでいると思われます。ですので、上記と同じように親の声がけと子どもの学業成績との関係を遺伝と環境に分けて見ると、遺伝的には「勉強しなさい」と言われない傾向の子ほど勉強ができるという関係が10.3%を説明します。

親が「勉強しなさい」と言わないのに子どもの成績がよくなる理由…親の努力の厳しい現実「学力は遺伝に勝てるのか」_4
図3−2 「勉強しなさい」の声がけと学力評定(成績)に及ぼす遺伝と環境の影響。『教育は遺伝に勝てるか?』より

しかし興味深いのは環境では逆に「勉強しなさい」と言った方が共有環境として6.5%、非共有環境としてさらに1.4%を説明することがわかりました。

これはいったいどういうことかというと、まず全体的に見れば、遺伝的に成績のいい子の方が勉強をしなさいと言われない傾向にある、しかし成績に関して遺伝的に同程度であれば、その中では勉強しなさいと諭されたほうが成績が良くなるというわけです。子どもの能力と親の働きかけの駆け引きが垣間見られる結果だといえるのではないでしょうか。

これと同じ傾向が、③子どもをたたいたりつねったりけったりするという虐待行為についても見られました[図3−3]。

親が「勉強しなさい」と言わないのに子どもの成績がよくなる理由…親の努力の厳しい現実「学力は遺伝に勝てるのか」_5
図3−3 たたくなどの親の行為と学力評定(成績)に及ぼす遺伝と環境の影響。『教育は遺伝に勝てるか?』より

全体的には成績のいい子ほどたたかれたりつねったりけったりはされないという傾向で9.4%説明されますが、子どもの聞き分けのなさが遺伝的に同じ程度だと、このような「しつけ」をされる子の方が、非共有環境としてわずか0.5%ですが成績を高めています。

ただし、「しつけ」と称して行う暴力行為は決して許されるものではないことを、ここでお断りしておきます。 

親が子どもに言うことをきかせようとする傾向と学業成績との関係(④)については、全体として0.8%とごくわずかな効果量しかありませんでしたが、ここには遺伝の影響は全くかかわっていないことがわかりました[図3−4]。

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図3−4 親の言いつけに従わせることと学力評定(成績)に及ぼす遺伝と環境の影響。『教育は遺伝に勝てるか?』より

親の言いつけに従わせる傾向自体は35.6%ほどの遺伝の影響がある、つまり子どもの遺伝的な傾向が親の言うことをきくかどうかに影響を受けるのは確かなのですが、それと学業成績とは関係なく、親が子どもに言うことをきかせようとするほど子どもの学業成績がよいという共有環境の影響が0.2%、また一卵性であっても一人ひとりに固有に言うことをきかせようとするかどうかの違いで0.3%が説明されました。