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訓練して自分のチームをつくりあげてゆく創造の喜び

「やるからには世界最強の犬橇チームをつくる」探検家・作家の角幡唯介氏が最初に選んだ5頭の出自_1
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アーピラングアは、人はいいのだが、村でも一、二を争う怠け者でもある。奥さんが牧師で職をもっているせいか、どうもヒモみたいな生活をしている。奥さんがどこかの集落で牧師の仕事を見つけるたびに一緒に移住するので、しょっちゅう村を出たりもどったりしている。

そんな生活なので犬を飼育するのが面倒になったのだろう。相談してみると、「イー、ナウマット(いいよ、問題ない)」と即答、そればかりか一頭や二頭ではなく十頭近くいる犬をすべてお前に売ってやると言い出した。犬だけではない、橇もふくめてまるごと犬橇セットを持っていけというのである。

そこまで大盤ぶるまいされると逆にこっちが戸惑ってしまう。

アーピラングアの提案はこうだった。

犬橇をやるといってもそう簡単にできるものではない。お前は冬のあいだに訓練して、あわよくば春にヌッホア(フンボルト氷河の先、村から四百キロほど北の巨大な陸塊)まで行くなどと調子のいいことをほざいているが、一年目でそんなところに行くのは無理というものだ。ひとまず今年は俺のチームと橇で訓練すればいい。で、お前が帰国した暁には俺が面倒を見ておいてやろう。

もっともらしいことを言っているようだが、ずぼらなこのオヤジが犬のレンタルと夏の世話代で楽にカネを手にいれたいと思っているのは明々白々だ。あるいは、暗くて寒い冬に犬橇をやるのは面倒なので、とりあえずカクハタに走らせて、春になったら鍛えられた犬を自分で使おうという魂胆かもしれない。

それでも、ほかに入手のアテがなかっただけに、私は彼の提案にぐらついた。しかし、途中でアーピラングアの気が変わって、やっぱり返してくれと言い出したらトラブルになる。全部の犬を彼に依存するのは危険だ。何よりすでにできあがったチームをそっくりゆずりうけてしまうと、訓練して自分のチームをつくりあげてゆく創造の喜びが欠落する。

私が犬橇でやりたいのは〈到達〉ではなく〈漂泊〉、結果ではなくプロセスであり、駄目犬を寄せあつめて集団としてまとめることそれ自体が、ひとつの目的でもあった。ということでアーピラングアには謝意を表しつつ、三頭だけゆずってもらうことにした。