あえてゆるく、無駄を残した

――放送開始に先駆けて公開された予告映像は、のどかな町で突如起こった連続放火事件の不気味さ、謎の底知れなさを感じさせ、原作よりもサスペンス色を強めたという印象を受けました。

池井戸 どこかホラーっぽさも感じる前振りでしたね。「夏ドラマだからホラーなのかな?」とも思いましたが(笑)。でも、原作の小説の持ち味とも、それほどかけ離れてはいないかなと思います。

――作品の映像化はこれまでも数々経験されたわけですが、今回のドラマ「ハヤブサ消防団」の脚本をお読みになっての印象や手応えは。

池井戸 台本はまだ最終話までは読んでいないのですが、7、8話あたりまでの印象では、テレビ的な見せ場をきちんと作ってあるなという気がしました。 ネタバレになるので具体的にはお話しできませんが、原作にはないシチュエションを加えてみたり、何人かの登場人物の運命が変わってい……。とくに、ある出来事をきっかけにムードを一変させ、まるで世界が違ってしまったように見せているのは、映像ならではのやり方だと感じました。
 原作の小説は、中盤くらいまで、わりとゆったりとしたペースで物語が進みます。町の風景の描写がゆるゆると綴られていて、読者の方はきっと「ああ、きっとのんびりした田舎の話なんだな」と思われるでしょう。それが、終盤になって突如ペースが変わり、タイトで畳みかけるような展開になる。 そのあたり、緩急が極端な構成になっているんです。

――それは、狙ってそのようにされたのですか? 八百万町、 ハヤブサ地区の人々に張り巡らされていた因縁が明らかになるラスト4章の怒濤の展開には、目を見張りましたが。

池井戸 狙ってというか、『ハヤブサ消防団』では、なんとなく”生”な感じを残したいと思っていたんです。もともと、田舎の風俗を書きたいというのが最初の目的だったこともあるし、プロットもなく、思いつくままに書き始めたという
 実は『小説すばる』の連載を単行本化する際、今回はあまり書き直しをしませんでした。いつもは修正用の赤ボールペンが何本もなくなるくらい赤字を入れるのですが、今回はほとんどなし。本当は構成上、もう少しペース配分を考え直したほうがいい部分もあることはわかっていたのですが。

――あえて、そのままに。

池井戸 そうですね。 わかってはいるけれども、そこに手を入れてしまうと、小説がきれいにまとまりすぎてしまう。流れのままに書き進め、思いつくままに物語を転がして、最後はああいうふうに着地しました。凸凹(でこぼこ)はしているかもしれないけれど、その生っぽさは僕の今までの作品にはなかったものだし、それが一つの作品の特徴になるかなと。
 こういう書き方は、今だからできたことだと思います。陶器でいえば、釉薬をかけずに、あるいは磨き上げる一歩手前で仕上げた感じ。完成度という点では、もしかしたら他の作品に一歩譲るかもしれませんが、田舎の雰囲気やそこに暮らす人たちの息遣いなど、直すことによって失われてしまう部分もけっこうあったと思うので、いい意味での”無駄”をあえて残したんです。

ロジックの筋が通っていればOK

――ドラマでは、そうした部分がどう活かされているかも見どころですね。

池井戸 もちろん、ドラマのほうではゆるい部分を全部カットして、構成を引き締め直すこともできます。 原作者としては、論理的におかしくなければOKというのが僕の基本的なスタンス。登場人物が「こんなことするわけない」と思われるような行動をとっていたりすればNGも出しますが、物語が自然に流れ、人物が描けていれば口出しはしません。……あ、今回は方言の使い方で、ちょっと指摘はさせてもらったかな? 岐阜の方言は地域によって異なるので、なかなか監が難しかったのでしょう。
 今までのところはスムーズな脚本なので、この調子でラストまで突っ走ってもらえたらと思っています。でも、無理なく結末につなげるロジックをどう発明するのかは、なかなか難しいところだと思いますが……。 僕の場合は、書けることがあるうちはとにかく全部書いて、ラストシーンではもう書くことがなくなり、「あ、ここで終わりなんだ」と気づいた。そうして、自然に物語が終わりました。

――まず小説が生まれて、それが映像になって……。物語というものは、いつ、どこで完成するものなのか、考えてみると興味深いですね。

池井戸 永遠に完成はしないんじゃないでしょうか。小説もそうですが、きっと映像も 「これで完璧」という作品はほとんどないでしょう?  だから、新しいものが作れるのかもしれないですし。
 もとは自分の作品なので、映像化されても「ああ、こんな視点があったのか」と発見することはあまりないのですが、他の作家の作品を原作としたドラマや映画を見ていて「へぇ」と感じることはときどきあります。 でも、その作家本人に電話をして「ドラマのあの部分、よくできてますね」と言ったら、「あそこはドラマのオリジナルなんだよ」と返されてガクッとくることもあったりして(笑)。

――同じストーリーを元にしても、どんな世界を立ち上げるかは作り手次第だということでしょうか。

池井戸 ドラマはドラマで、テレビの視者の方々の目線や期待というものがある。それについて僕が正確に把握できているかどうかは若干疑問ですが、ドラマを作っているスタッフの方々は熟知されているでしょうから、心配はしていません。 『ハヤブサ消防団』で楽しみなのは、終盤、小説とは違う展開になりそうな気があるところ。だから、小説すばるの読者の皆さんも、「小説を読んだからもう見なくていいや」ではなく(笑)。 小説で書かれた題材を、ドラマではどんなふうに料理されているんだろうかと、その違いをぜひ味わってほしい。一粒で二度おいしいエンタメとして、楽しんでいただきたいと思います。

――刊行後、物語の舞台と想定していた地元の方々からの反響はいかがでしたか。小説すばる連載中、町では掲載誌が回し読みされるほどの評判だったと伺いましたが。

池井戸 買っていただけたら、もっとよかったんですけどね(笑)。ドラマ化が決まった後、地元の書店からもたくさん注文が来たそうで、ありがたいことだと思っています。地元でも、ドラマ化を契機に町おこしの動きがあるとも聞きましたし、そちらの盛り上がりも楽しみです。

「小説にも映像にも、完璧は存在しない。だから、新しく面白いものが生み出せる」 『ハヤブサ消防団』池井戸潤_4
撮影の様子を真剣な眼差しで見学される池井戸さん。