どしゃ降りの雨の中、伝説は始まった

サイン会を兼ねた40分ほどのイベントの予定だったが、開演してしばらくすると小雨だった雨脚が次第に強まってきた。遊園地の乗り物もすべてストップせざるを得ないほどの本降りに変わり、観客のなかには足早に会場を後にしようとする者もいた。告知ポスターには〈雨天中止〉と謳ってある。

明菜は、どしゃ降りのなか、ステージの前まで進み、ずぶ濡れになりながら、デビュー曲の「スローモーション」を歌った。その迫力に観客は帰る足を止め、釘付けとなった。

舞台上では、司会の徳光が興奮気味に、「この子凄い。ビッグになるよ」としきりに彼女を讃えていた。

ここから彼女の伝説は始まった。

この日、“教え子”の晴れ姿を見るために会場に駆け付けていたヴォイス・トレーナーの大本恭敬(おおもとたかひろ)も、隣にいた研音の花見社長に、思わずこう呟いた。

「凄いね、大したもんだよ」

大本は、西城秀樹や岩崎宏美など、1,000人を優に超える歌い手を育てた、日本初のヴォイス・トレーナーとして知られている。今年で齢88を迎える彼は、明菜の類いまれなる素質をいち早く評価し、育ててきた一人だ。

デビュー曲『スローモーション』のジャケット。 1982年5月1日にワーナー・パイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパン)よりリリースされた

デビュー曲『スローモーション』のジャケット。 1982年5月1日にワーナー・パイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパン)よりリリースされた

昭和歌謡界の記念碑的
オーディション番組「スター誕生!」


雨の初ライブの約1年前─。有楽町のよみうりホールで「スター誕生!」の予選会が行なわれていた。

新人発掘のオーディション番組の草分けとして知られるスタ誕は、1971年に日本テレビの音楽班のプロデューサーだった池田文雄が、作詞家の阿久悠らと企画し、新人歌手の登竜門として始めたものだ。第1回目の決勝大会で、13歳の森昌子がグランドチャンピオンに輝き、デビューを飾ると、“第二の森昌子”を目指して応募数も急増していく。

その後は山口百恵や岩崎宏美、ピンク・レディー、石野真子など、次々と人気歌手を生み出した。応募者は累計で200万人を超え、番組からデビューを果たしたのは88組92人。昭和の歌謡界にとっては記念碑的な音楽番組だった。