「波が伝わる」特殊な空間把握能力
もう一つ、ユウ君には不思議な感覚がある。母がそれを知ったのは、それから半年ほどたったころだ。
近くの物が見えていないのに、どのようにぶつからずに歩いたり野球のボールをつかんだりしていたのかと聞いた。するとユウ君は「波が伝わる」と言った。「ボールから波が伝わってくるでしょ。それで何とか」と。
「自転車に乗るのは?」と聞くと、「自分から出る波が、周りの物から出る波をキャッチし、世界が一瞬だけ透明のようになる」。それによって、あいまいだが周りに何があるかわかり、大まかな空間把握をしているのだという。
ただ、この波も強くなると「たたかれたり刺されたりするような痛み」を感じるという。
しかし、波と言われても、母にはもちろん理解できなかった。「みんな波の感覚はなくて、痛みも感じていないよ」と伝えると、ユウ君は落ち込み、泣いた。ユウ君は、みんながそうした感覚を持ち、痛みを我慢するのが当たり前だと考えていたのだという。母は落ち込んだ。学校でも、電車内でも、自宅でも、そんなつらい状況をずっと我慢していたなんて。
気づくことができず、母は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「『がんばらなくていいんだよ』と伝えることぐらいしかできませんでした」
ある日、ユウ君は自宅にあった渦巻き形のランチョンマットを抱きしめていた。「ぐるぐるがいい」と言った。また、自宅にある天然の水晶を持ってみると、楽な感覚になるとも母に言った。水晶の結晶構造はらせん状であることが知られている。お守りにして持ち歩いているという。
母は言う。
「息子は同じ世界に生きているけど全然違う世界を見ています。とにかく受け入れて、ゆっくりと歩んでいくしかないと思っています」