#1 熱海、箱根、河口湖…水面下で進む中国資本の日本高級旅館買収「腕のいい板前も高い給料で引き抜かれている」
抜群なロケーションにある残念なホテル
2015~2016年に起きた爆買いブームの頃、地方出張が多い日本人の友人は「(中国人観光客のせいで)明らかにホテルの予約が取りにくくなった」とこぼしていた。
受験シーズンの2月、東京都内のビジネスホテルの予約が、春節で来日する中国人にすべて押さえられてしまい、受験生が近隣の県まで足を延ばさないと予約できないということもあった。
その日本人の友人が名古屋のビジネスホテルに宿泊したとき、朝食で利用するレストランやロビーの飾りつけなどがすべて真っ赤で、中国語の垂れ幕もあり、中国人観光客仕様になっていたという。
朝食のバイキングは、早朝に観光バスで出発する中国人が優先で日本人は後回し、大浴場の浴槽の中にスリッパがプカプカ浮いていた(当時、日本の大浴場の入り方を知らない中国人がいた)といって、憤っていた。
ある中国人は、22年の夏、友人から誘われて山梨県の山中湖付近にあるホテルを訪れた際の体験を話してくれた。
「知り合いが予約してくれた1泊8000円くらいの安いホテルに泊まりました。驚くことに、シングルルームの室内にトイレもバスルームもない。どうやら、もともと日本企業の研修所か保養所だったところを改造してビジネスホテルにしたらしいのです。部屋が質素なのは構いませんが、メンテナンスが行き届いていなかった。私は8000円の価値すらないと思いました。
ロビーから雄大な富士山が見える絶好の場所にあるのに、大きな窓ガラスが汚れ、部屋の隅や棚にはホコリもたまっていたのです。私は『ここはきっと中国人経営のホテルに違いない』と確信しました。あとで確認してみると確かにその通り。私自身も中国人ですが、こういう残念な経営をしているホテルを見ると、とても悲しい気持ちになります。
買収した中国人が、あまり修繕に手をかけず、ただ安いビジネスホテルとして運営している。おそらく経営者自身はそこに泊まることはないでしょう。ただの投資として買収しただけかもしれませんが、こういう無責任な行為こそ、日本の観光地の評判を落とすことにつながると感じました。
これが日本のビジネスホテルのスタンダードだと彼ら(中国人の団体観光客)に思われるのは残念だし、彼らの日本の印象も悪くなると思いました。もちろん、ここに泊まる日本人だって、嫌な気分になるでしょう。日本人は詳しい事情はわからないかもしれませんが、中には、ここが中国系の資本になったから質が落ちたのだと屈辱を覚える人もいるのではないでしょうか」
とにかく現金以外の資産に分散させたい
土地や森林、水資源などの売買には、たいてい日本事情に詳しい在日中国人が介在し、日本人の知らないところで「日本買い」が着々と進められている。そもそも、中国人は中国国内にいても不動産を購入することに非常に熱心だ。背景にあるのは中国特有の不動産事情だ。
中国人が不動産を購入できるようになったのは90年代以降。78年の改革開放以前、中国で住宅を建設、または管轄していたのは地方政府や国有企業などで、不動産は民間に開放されていなかった。
中国では住宅分配制度がとられており、都市部に住む人々はすべて「単位」(ダンウェイ=当時の国営企業や政府機関、学校、軍などの組織)に所属していた。住宅はその「単位」から非常に低い家賃で貸し出されているもので、多くの人は「単位」の近隣にある住宅を割り当てられ、そこに住んでいた。
中国では、土地は国家のものであり、企業や個人の売買は禁止されているが、土地の使用権は地方政府、または国家の許可を得れば取得することができる。住宅の場合、その使用権は最長で70年までとなっている。
90年代後半になってようやく分譲住宅の開発や販売が進み、それまで住んでいた住宅は、かなり低価格で払い下げられるようになった。
その不動産は一定期間を経て転売が解禁されるようになり、それによって得た利益を元手に新たな不動産を購入したり、新規ビジネスを始めたりして財産を築いた人が多い。北京や上海などの大都市にもともと住んでいた人の9割以上が、少なくとも自分の不動産を所持しており、2軒以上所有している人も多い。
このような経緯に加え、中国では不動産(モノ)を手に入れたいと考える人が多い。
不動産、宝石、金(ゴールド)など、現金以外に価値が変わらない資産を持って、それでリスクヘッジしようと考えているのだ。
だが、国内の不動産は価格が高騰し、地方によって規制が強化され、新規購入は難しくなっている。そのため、海外での購入が盛んになっているのだが、そうした理由以外にも、中国人が海外で不動産を買うのには、海外では、マンションなどの賃貸が難しいということも関係している。
貸してくれないなら、買うしかない
私は日本の賃貸専門不動産会社の担当者に賃貸事情について話を聞いてみた。
この会社では各地の大学や専門学校、日本語学校と提携し、学校案内にアパートやマンション賃貸の案内を送付している。それを見た中国人留学生から問い合わせが来るという。
「通常は学校がある路線の沿線にアパートを借りたいという学生が多いです。1Kタイプが最も多く、1LDKも需要があります。1R(ワンルーム)はキッチンと部屋がつながっているので中国人には人気がありません。油が多い中華料理を作ることが多いので、臭いがついたり部屋が汚れたりするからです。
意外と畳の部屋もダメ。アニメで見て面白そうだというので見学するのですが、洋室で生活する中国人には馴染まないようです。実際に決まるのは日本人学生と同様、7~9万円の手ごろな物件が多いですが、余裕のある留学生なら15万円くらいでもいいといいますね」
私は以前、『日本の中国人社会』(日経プレミアシリーズ)で、JR京浜東北線の西川口駅前の不動産店に入った話を書いた。
同駅がある埼玉県川口市は人口(約60万人)に占める中国人の割合が約2%と多く、中国人がマンションを賃貸することも多いため、駅前の不動産店の店先には、通常、日本の不動産店では見かけない「外国籍OK」という張り紙を見かける。
だが、この担当者によれば、川口市の場合は特殊で、基本的に、中国人を含む外国人への賃貸は30年前からずっと変わらず厳しいという。
「外国人のお客さんが依頼してきたら、まず大家さんに問い合わせします。でも、日本人の大家さんはたいてい嫌がります。高齢の方が多いのですが、かつて外国人に貸してトラブルがあったとか、日本語がしゃべれない人は何かあったとき困るから、というのがその理由。
最近、中国人の留学生は経済的に問題のない人が多く、トラブルも少ない。日本語もある程度できるのですが、それをいくら説明しても、昔の中国の悪いイメージが残っている人が多いので、理解してくれないことが多いです。インド人やネパール人はもっと嫌がります。
ですから、外国人が部屋を借りるときには保証会社と日本人の連帯保証人、緊急連絡先の3つ必要ですし、大家さんを説得しなければなりません。しかし、来日したばかりだと日本人の知り合いはいないですよね。知り合いがいても連帯保証人にはなってくれないかもしれない。だからとても困ると思います」
そうした理由もあって、日本で外国人が不動産を借りるのはハードルが高い。そのため、就職して生活が安定したら、一刻も早く不動産を購入したいという中国人が多いのは当然、とその担当者は話していた。
文/中島恵 写真/shutterstock