大富豪がスイスの銀行にお金を預けるという図式はとうに崩れていた
天下の名門、老舗のクレディスイスはなぜ経営が傾いたのか。
じつは世界の大富豪がスイスの銀行にお金を預けるという図式はとうに崩れていた。知らぬは仏のみ、偏った情報だけを「特権」と思い込んでいた大金持ちたちだった。産油国はもちろん、ロシアのオリガルヒ、そして中国のビリオネアたちである。
そもそもスイス銀行というのは「総称」であって具体的にはスイスの法律で匿名預金ができる秘密口座の代名詞だった。電話一本で暗号を言えば巨額が世界の他の場所へ動かせた。逆に暗号を知らなければ、第三者は預金を引き出せない。
たとえばPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長が死んだとき、秘密口座の暗号を夫人にも打ち明けていなかった。残余の巨額はスイス銀行の懐で消化された。「ゴルゴ13」の数あるストーリーでは、彼の機密口座もスイスのプライベート銀行と想定された。ゴルゴの「仕事」が済むと、「ご指定のスイス銀行口座に振り込みました」という台詞が導かれる。
大金持ちはスイスから他のタックスヘイヴンへ資産を移動
事実は劇画より奇なり。
スイス銀行の隠し口座やプライベート銀行の不正が世界的規模で問題視されたのは、テロ資金、麻薬取引、マネーロンダリングなど不正資金の移動問題だった。
米国が「透明性を高めよ」とスイスに強い圧力をかけ、スイスは時間を稼ぎながら、プライバシーの保護だの何だのと言い訳をしつつ、数年をかけて米国の要請に応じた。この間に大金持ちはスイスから他のタックスヘイヴン(租税回避地)へ資産を移動した。その助言をしたのもスイスの銀行家と弁護士たちだった。
タックスヘイヴンとは税率が低い香港(17.5%)、シンガポール(17%)や、完全に免除される国や地域(たとえば米国フロリダ州の所得税はゼロ)を意味し、日本語では「租税回避地」の訳語が当てられる(「脱税天国」は正確な意味ではない)。
世界の金持ちのおよそ8%が金融資産をタックスヘイヴンにおいている。
とくに超富裕層の便宜を図るのがプライベート・バンキングで、中国人が集中する英領ヴァージン諸島、ケイマン諸島、あるいは税優遇制度があるオランダやルクセンブルクが有名だ。