読んでいて思わず〈フムフム〉と頷いてしまう本を紹介しよう。
 寺地はるなの『水を縫う』は、「普通」とか「男らしい/女らしい」という固定観念を柔らかく崩してくれる連作短編集だ。母のさつ子は市役所に、娘の水青は学習塾に勤めている。息子の清澄は高校1年生。水青の結婚が決まったが、彼女はフリフリぴらぴらしたウェディングドレスが苦手。そこで刺繡が大好きな清澄が、「僕がドレスつくったるわ」と宣言。
 さつ子は清澄が手芸や裁縫に夢中なのが気に入らないのだけれど、それは単に固定観念ゆえだけでなく、離婚した元夫の姿と重なるからでもある。性差や性的役割分担についてだけでなく、親子のありかたにも一石を投じたところにすがすがしさを感じる。
 桜木紫乃の『家族じまい』は家族の関係性を描く長編小説。第1章「智代」は札幌市の近郊でパートの理容師として働く48歳の智代を描く。子供たちも巣立ち、公務員をしている10歳年上の夫とふたり暮らし。ある日、函館に住む妹から、母が認知症になったという電話がある。智代は事情があって釧路に住む両親とは疎遠。妹には、自分ばかりが親の面倒を押しつけられているという不満がある。
 よく「家族の絆」などといわれるが、絆は桎梏でもある。家族は愛し合うべきもの、家族は助け合うべきもの、という“常識”に苦しむ人も多い。家族には始まりもあれば終わりもあるのである。
 宮本輝の『灯台からの響き』は妻を亡くした男が、妻の過去を探し、回復していく長編小説。牧野康平は中華そば屋の主人だが、2年前に妻が急死して以来、店を閉じている。悲しみと喪失感から立ち直れていないのだ。妻に届いた1枚のハガキを再発見したのをきっかけに、康平は灯台を訪ね歩く旅をはじめる。ハガキの謎を解く旅でもあり、知らなかった妻の過去を探す旅でもある。あるいは、人生の残り時間を数えるようになった初老の男の、自分を振り返る旅かもしれない。
 相沢沙呼の『教室に並んだ背表紙』は中学校の図書室を主な舞台にした連作短編集。全6篇が時間を超えて緩やかにつながっている。いじめやスクールカーストで苦しんでいる生徒、孤立を感じている生徒、孤独を好む生徒にとって、図書室という空間は、安心できる場所であり、「あなたはここにいていい」と感じられる場所なのである。
北のおくりもの』は北海道をテーマにしたアンソロジー。ぼくが衝撃を受けたのは渡辺淳一「四月の風見鶏」だ。かつて札幌医科大学において日本で最初の心臓移植手術が行われたとき、渡辺は同大医局の講師だった。渡辺は批判的立場で「小説心臓移植」(のちに「白い宴」に改題)を発表して同大学を辞め、上京した。「四月の風見鶏」はその一連の顚末を書いた自伝的作品である。もしもあの手術がなかったら、作家・渡辺淳一の人生は違うものになっていただろう。
 そして〈ワクワク〉する本を。
 伊坂幸太郎の『逆ソクラテス』は、小学生を主人公にした短編集。全5話。
 表題作は担任教師のターゲットにされがちな同級生を仲間たちが救う話。キーワードは「先入観」だ。担任は先入観を持って児童たちを見ている。優秀な子はいつもよい結果を出し、そうでない子は何をやってもダメ、というふうに。その先入観が児童たちにも伝わり、劣等生の烙印を押された子は自分自身でもダメなヤツと思い込んでしまう。それに異を唱える児童が登場する。彼は言うのだ、「僕はそうは思わない」と。先入観と同調圧力にひびが入る瞬間だ。過剰に正義を振りかざすのでもなく、センチメンタルに煽るわけでもなく、伊坂幸太郎は淡々とユーモラスに通常運転。いやなことがあったときにこの本を読むと心に効く。第33回柴田錬三郎賞受賞作。
 白川紺子『噓つきなレディ 五月祭の求婚』は、『後宮の烏』シリーズや『下鴨アンティーク』シリーズで人気の白川紺子のデビュー作。待望の復刊だ。19世紀、ビクトリア時代の英国を舞台にした、恋と陰謀が渦巻くファンタジーである。伯爵家の令嬢メアリには、誰にも言えない秘密がある。あるとき連続殺人事件が起きて……。誰がほんとうの悪人で、誰が善人か、最後の最後まで気の抜けない長編小説。
 三浦しをん『のっけから失礼します』は、著者によると「おバカな話の波状攻撃」。ページをめくるごとに爆笑。親知らずが痛んで口が開かなくなったり、四十肩になったり、と次々にトラブルが。ぎっくり腰になった顚末は、まるでサスペンスのよう。本の後半、EXILE一族にどんどんはまっていき、三代目JSoul Brothersに夢中になっていく姿に興味津々。単行本化に際しての追記と、文庫化にあたっての追記もあるので、「BAILA」連載時に読んでいたファンも必読だ。特に、連載時にボツになった話の要旨(『男はつらいよ』の寅さんのコスプレのような恰好で新幹線のホームに立つ男の話)には大笑い。愉快な夏の読書をどうぞ。

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