ロシア占領下で繰り返された蛮行

2月から続くウクライナ侵略でも同じだ。ブチャ、イルピンなど、ロシアが一時的に占領していた都市では、民間人への大量殺戮の事実が次々と明らかになっている。市民は戦闘の巻き添えになったのではなく、戦闘が終わったあとで、無抵抗のまま処刑されていた。

多くの市民は、後ろ手に縛られた状態で、後頭部などを銃で撃たれた状態で発見された。遺体は数カ所に集められ、大きな穴に埋められ、隠蔽されていた。地下室やマンホールなどに捨てられていたものも多かった。家族で車で逃げようとしていたところを、車内に座った姿勢のまま射殺されていたものもあった。自転車で移動中に射殺されたものも、飢えた家族のためにジャガイモを持ち帰る途中で射殺されたものもあった。

これらの戦争犯罪は、ウクライナ軍の反攻によって都市が解放された結果、暴かれたものだ。ロシアに占領されたままであったとしたら、ほとんどの事実は闇に葬られていたはずであった。

そういう意味で、今も闇に葬られたままなのが、ロシア占領下、傀儡政権支配下のチェチェンでの非人道行為だとも言える。前述の通り、プーチン支配下のロシアでは、プーチンに異議を唱えた人たちが次々と暗殺されたり、不審死を遂げたりしている。

イギリスに亡命した元諜報機関員のリトビネンコは急性の毒物中毒症状を示して亡くなり、野党政治家のネムツォフは路上で、ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤは自宅のエレベーターホールでそれぞれ射殺された。刑務所に投獄されたあと「突然心臓が止まった」り、自宅の窓から遺書も残さず転落死したものもいた。ネムツォフとポリトコフスカヤの暗殺には、カディロフツィが直接手を下したことが、それぞれの裁判などで認定されている。

ロシアに占領された国「チェチェン」が映し出すプーチンの支配とウクライナ戦争の未来 映画『チェチェンへようこそ』_c
メディアの取材に対し、「チェチェンにゲイはいない」と断言する独裁者・カディロフ。 『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』 ©️MadeGood Films

カディロフ支配下のチェチェンではもっと露骨だ。警察や内務省軍、国家親衛隊などの職員が突然家に押しかけてきて、暴行し、連行し、そのまま消息を絶つ。連行されたものは、のちに遺体となって見つかり、遺体には拷問を受けた痕跡が残されている。

こうした非人道行為は通常なら隠蔽され、闇に葬られる。今回はたまたま、断片的に外部に情報が漏れ出し、このドキュメンタリー映画が成立した。独裁者ラムザン・カディロフが、LGBTQに対する迫害について隠すつもりもない、あるいは、隠すべき理由すら理解できない、なにが問題なのかも分からないほど、人権感覚と教養に欠けた人物であったからだ。