危険極まりない、移民の旅路

「いつもは電話がかかってくるんだけどね」
笑いながらノルマさんは言った。
「電話っていうのは?」
「列車がパトロナスのところを通る手前に、ティエラブランカっていうところがあって、そこを列車が通ったら、そこの人たちが教えてくれるんだよ。まあ、いつもじゃないけど」

列車の通過後、ぼくらはまた彼女たちに混じって話し込んでいた。取材でもない、他愛もない話だった。ぼくの妻の母方の実家もベラクルス州だったので、地元の話で盛り上がったりしていた。

「ところで、さっきここにあったケーキ、どこに行ったの?」
山のように積まれていたケーキがいつの間にかなくなっていた。
「ああ、さっき渡したからね」
「え? さっき放り投げて渡したのってケーキだったの?」
「そうよ。ケーキ、まるごと食べられるなんて、そうそうあることじゃないからね」

“野獣列車”でアメリカを目指す移民と、線路脇から走行中の列車に食糧を投げ入れる支援者たち。その一秒に満たない「一瞬だけの出会い」_3
撮影/嘉山正太

移民の人たちも、さぞ驚いたことだろう。列車に乗っている。もう何日も乗り続けている。水も減って、まともな食事も食べていない。そこで有名なパトロナスの側を通りかかる。そこには、メキシコの心温かい主婦の人たちがいて、なんと食事を手渡してくれる。

列車は停まらず、ただ通過していく。一瞬の出会い。袋を受け取る。なぜか、ズシンと重い。なんだろうと思う。そして、列車が少し速度を落としたところで、先ほどの袋を開けてみる。すると、中身はまんまるのケーキ! なんか不思議な気分である。そのとき、電話が鳴った。

「あ、もしもし? え、そっち出たのかい? もう夜になるのにね……」と言ってノルマさんは電話を切った。さっき言っていた電話だ。協力してくれている人から、電話がかかってきたのだ。
「あと1時間ぐらいしたら、来るってさ」

そして、ぼくらは待った。ちょうど日も暮れようとしていた。しかし、それから2時間、列車が来る気配はなかった。どうしたのだろうか。
「うーん、最近は、列車の移民が襲われることも多いからね」
「襲われる? 誰に?」
「ギャングだよ。こっちに来てもなにも持ってないだろ。そのまま誘拐されたりさ」

なんとも言えない気分になる。たしかに、メキシコは2006年12月発足のフェリペ・カルデロン政権以降、麻薬組織に政府が強硬に対応するようになり、戦闘が激化し、治安が悪化していた。

ベラクルス州には港があるため、麻薬の積み卸しが行われる。つまり、麻薬組織が多くはびこっている。やっぱり危ないんだろうか……。そして、また電話が鳴る。