「水平原子雲」が流れたゆくえ

雨や灰以外に、山本さんたちが聞き取った証言で注目したいものがある。それは、雲に関するものだ。

「西の方から原子雲が流れてきました。雲の見え方はきのこ雲の形ではなく、ちりやほこりをまとった雲が風に乗って次つぎ流れてきました」

「正午以降、西の方角から真っ黒な雲が一斉に広がってきました」

「田んぼにいた人は『きのこ雲がおりてきて恐ろしく、家に戻ってきた』と話していました」

原爆さく裂後、島原半島がある東方に原子雲が流れたことがわかる内容だ。

雲は、広島の「黒い雨」訴訟においても重要なカギを握っていた。

広島高裁判決(2021年7月)に、こう書かれてある。

「黒い雨は、毎時約10ないし11㎞の速度で北北西に移動する半径約18㎞の水平原子雲によって、広島原爆投下後1ないし2時間後に盛んに降ったものである」

被ばくが及んだ範囲を推定する材料の1つとして、「水平原子雲」が挙げられていた。

聞きなれない言葉だが、「水平原子雲」とは何だろうか? 提唱しているのは、琉球大学名誉教授の矢ヶ﨑克馬さんだ。

下の写真を参照してほしい。

「原爆被害はまだ隠されている」 遠距離被ばく 問い直す長崎_4
写真/長崎原爆資料館所蔵
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原爆さく裂後、爆心地の北方面を飛行するB-29から撮影された写真だ。

立ち上がる「キノコ雲」の「軸」を取り囲むように、ドーナツ状に広がる雲がある。これが、「水平原子雲」だという。

矢ヶ﨑さんが「黒い雨」訴訟で提出した意見書などによると、爆発後にできた超高温の空気のかたまりが上昇し、「キノコ雲」ができた。その頭部は、温度が高く浮力が大きいため上昇を続ける。一方、キノコの「軸」の外縁は、地表に吹く風から高層風に切り替わる高度で浮力を失ってしまう。当時、高層には地表風よりもあたたかい西風が吹いており、「軸」と大気との温度差が小さくなるからだ。

「軸」の外周部分にある雲は天井に頭を打ったように水平に押し出され、同心円状に広がっていく。米軍が撮影した写真や動画から、広島でできた水平原子雲の半径は約18㎞だと推定。風に流されて、北北西に11㎞ほど移動したと予測した。

「水平原子雲には、大量の放射性微粒子が含まれていました。微粒子は雨となって降下した他、単体でも地上に降下しました。雲の下は、放射線に汚染された環境になっていたと考えられます」と矢ヶ崎さんは言う。

高裁判決は、矢ヶ﨑さんの意見書を「相応の科学的根拠に基づく有力な仮説の一つ」だと認定。その上で、原告らは「たとえ黒い雨に打たれていなくても、空気中に滞留する放射性微粒子を吸引」するなどして内部被ばくした可能性があったと判断したのだった。

水平原子雲ができるメカニズムは、長崎でも同じだ。だが、矢ヶ﨑さんは「広島よりも大きな水平原子雲ができた可能性がある」と指摘する。島原半島の温泉岳測候所が作成したスケッチをもとに、半径19㎞程度に広がっていたと推計している。

「水平原子雲自体が島原半島へ流れている。被ばくがあり得た範囲は、半径12㎞圏内に限定できないと思います」

「黒い雨」訴訟を機に、長崎でもより広範に原爆被害が捉えられるようになってきた。

被ばくはどこまで及んだのか? 真相を明らかにする試みは、核被害に「終わり」がないことを示しているだろう。

被爆体験者として訴え続ける、山本さんの言葉が耳に残る。

「原爆のことは、調べ尽くされていると思うでしょう。そうではない。原爆被害は、まだ隠されているんです」

これは長崎に限られた、ローカルな問題だろうか。山本さんは、人類として向き合った先に《核なき世界》があると信じている。

最終回となる次回は、長崎と広島、両方の原爆被害者救済に携わる弁護士に、本質的な課題と解決への手立てを聞く。

文/小山美砂

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