思想家・姜尚中はいかにして生まれたのか? 地球的危機の時代に「アジア回帰」でも「アジア主義」復権の試みでもなく、「内なるアジア」を問い直すことで見えてくる希望
ロシアによるウクライナ侵攻、覇権国家の台頭で、欧米中心の国際秩序が大きく揺らいでいる中、「アジア」は閉塞感の突破口となり得るのだろうか?集英社創業95周年記念企画『アジア人物史』の総監修・姜尚中が「内なるアジア」を問い直した、集大成ともいえる思想的自伝『アジアを生きる』より一部を抜粋、編集してお届けする。
世界を覆うのは「幻滅」か「希望」か
巨大な政治的脅威の台頭を前に、否応なしにサミュエル・ハンチントン(1927~2008、アメリカの国際政治学者)が主張したような「文明の衝突」の危機感が再び高まり、地政学的な対立は「西欧的なるもの」と「アジア的なるもの」、さらには「普遍的な価値観」と「特殊な価値観」との相克を際立たせることになった。ロシアのウクライナ侵攻は、こうした対立の構図にリアリティを与えることになったのである。
それでも辛うじて、第一次世界大戦を凌駕するに違いない世界的な破局への歯止めが利かなくなっているわけではない。「核戦争の恐怖」がその最後の防波堤になっているのである。それは、タックマンが描いた「幻滅」が空前の規模で世界を覆うに違いないという確信のようなものが、多くの国々で共有されているからではないだろうか。
確かに、その歯止めがいつ壊されるかもしれないという、危うい綱渡りを強いられていることは否定できない。ただ、それにもかかわらず、現在の地球的規模の危機が「西欧的なるもの」と「アジア的なるもの」、「民主主義」と「専制主義」、「普遍的な価値観」と「特殊な価値観」の相克として単に捉えられるのではなく、資本主義に内在する欠陥をいかに克服し、生態系の危機をいかに乗り越えていくのかにかかっているということについて、共通の認識が育まれ、分かち合われるのであれば、「幻滅」の代わりに「希望」が芽生えてくるかもしれないのだ。
先に紹介した映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のように、「あらゆるものが、あらゆる場所で一斉に」変化し、本書で述べるような「グローバルな普遍性」の萌芽が立ち現れてくるかもしれないのである。
文/姜尚中 写真/AFLO shutterstock
2023年5月17日発売
990円(税込)
新書判/224ページ
ISBN:978-4-08-721263-1
「この道を行こう──」 歴史の悲しみを乗り越えて
集英社創業95周年記念企画『アジア人物史』総監修・姜尚中による未来社会への提言!
【おもな内容】
新たな戦争と、覇権国家の台頭を前に、「アジア的な野蛮」に対する警戒心が強まっている。だが、文明vs野蛮という相変わらずの図式を持ち出しても、未来は暗いままだ。単なる「アジア回帰」でも「アジア主義」の復権でもない突破口は、果たしてどこにあるのか? 朝鮮戦争勃発の年に生まれ、「内なるアジア」と格闘し続けてきた思想家が、自らの学問と実人生の土台を根本から見つめ直した一冊。この世界に生きるすべての者が、真の普遍性と共存に至る道は、「アジア的なもの」を潜り抜けることしかない。
アジア人物史 第11巻 世界戦争の惨禍を越えて
総監修:姜 尚中
編集委員:青山 亨/伊東 利勝 /小松 久男/重松 伸司/妹尾 達彦/成田 龍一/古井 龍介/三浦 徹 /村田 雄二郎/李 成市
2023年4月26日発売
4,510円(税込)
四六判/968ページ
ISBN:978-4-08-157111-6
カバーイラストは荒木飛呂彦描き下ろし!
評伝を積み重ねて描く、本邦初の本格的アジア通史全編書き下ろし。
「アジア」と名指される広大な領域を、東西南北、古代から21世紀へと、縦横無尽に駆けめぐる。現代のアジア史研究の第一人者である編集委員たちと、東洋史研究の伝統を継承した人々が、古代から21世紀までを展望し、圧倒的個性を掘り起こす!
【月報エッセイ】テッサ・モーリス-スズキ
金性洙/金天海/京城帝国大学関連人物/台北帝国大学関連人物/蔣介石/胡適/毛沢東/ホセ・リサール/アウン・サン/スカルノ/ピブーン/ガンディー/モハンマド・モサッデク/昭和天皇/尾崎秀実/中野重治/林達夫/李香蘭/山代巴/他。