――千早さんは最初、村山さんを近寄りがたく思っていて、その後どのように印象が変わっていったんですか。

千早 言っていいんですか。

村山 どうぞ。

千早 ゆかさまはお付き合いする相手によって、雰囲気が変わるんですよ。本当に可愛らしい人だなと思いました。

村山 チハヤは全部見てきたよね。

千早 恋愛遍歴をずっと知っているし、お互い恋バナもしてるので。こんなに自分の作風や、キャリアを築き上げている人が、誰かを好きになった時に少女のように変わっていくのがめちゃくちゃ新鮮でした。私は誰と付き合ってもそんなに変わらないので、ゆかさまは心のどこかがずっと柔らかいままなんだなって思いました。小説の大家ってもっと確固とした自分を持って動じないイメージがあったんですけれど、全然そうじゃなかったんですよね。

村山 自分ではわかんないけど、そうなんだ。

千早 でも、北方先生もそうですけれど、大御所の方は皆さん柔軟ですよね。新人作家のほうがしゃちほこばっている感じがある。

村山 そうかもしれない。余裕がなかったりするからね。

千早 でも、私はずっとしゃちほこばっている。そろそろ中堅なのに。

村山 チハヤはその偏屈なところが最高なのよ。しゃちほこばっているというより、芯がブレない。ちゃんと自分と、自分の書くべきものを持っていて、人の意見に左右されずに、自分で歩いていく感じがあるんですよね。私なんかは、しょっちゅうブレながら、なんとなくあたりをさまよって結局また戻ってくる感じなんですけど。

千早 でも文章はブレないですよね。本当にいつも、安定の、良質のエンタメを提供してくれている。直木賞をとった後、受賞記念のエッセイ十本ノックとかがあって「自分のことを書くのはもういい」と苛々してきた時、ゆかさまの『ある愛の寓話』を読んだら、ものすごく安心して浸れたんです。こういう心理状態の時こそゆかさまの上質なエンターテインメントが必要なんだなって。ゆかさまの読者もきっと同じだと思う。あ、そうだ、読者で思い出した。

村山 なに?

千早 ゆかさまとの出会いを思い出しました。デビュー当時、初対面の人が苦手すぎる私に、この先サイン会を開いた時に大変なことになるって編集者さんが不安になったみたいで。「村山さんのサイン会の対応は神だから、見て学びなさい」と言って、ゆかさまのサイン会見学に連れていかれたんですよ。

村山 ああ、来てくれたのは憶えてる。

千早 端っこから見ていて、「いや、あんな神がかった対応は私には無理です」って言っていたらゆかさまに見つかって、サインの列に並んでいる人たちに「あそこにいるのは小説すばる新人賞受賞者の千早茜ですよ!」って、私の宣伝までしてくださった。「優しい、どうしよう」って思ったのが最初でした。それでmixiで、「申し訳ありませんでした」って挨拶した気がします。

村山 ごめん、すっかり忘れてた(笑)。

千早茜×村山由佳 直木賞受賞第一作『赤い月の香り』について話す_8
『ダブル・ファンタジー』村山由佳
文春文庫 (上・下)定価638円・704円(税込)
千早茜×村山由佳 直木賞受賞第一作『赤い月の香り』について話す_9
『ある愛の寓話』村山由佳
文藝春秋 定価1870円(税込)
千早茜×村山由佳 直木賞受賞第一作『赤い月の香り』について話す_10
『男ともだち』千早茜
文春文庫 定価781円(税込)

――千早さんの『男ともだち』の連載第一回が雑誌に掲載された時、それを読んだ村山さんが千早さんに温かいメールを送られたそうですね。

村山 「これはあなたにとって大きな意味を持つ作品になるから大事に書くといいよ」というような、偉そうなことを送りました。

千早 そういうふうに目をかけてくださったのが、本当にありがたかったです。

村山 いや、具体的にはなにもしてないもん。

千早 あれは挑戦作だったので精神的にぜんぜん違いました。今日も、シリーズものの大先輩として助言をいただけたらと思っていました。私、ずっとシリーズものはやらないって決めていたんですが、今回やることにしたので。

村山 調香師の朔さんが出てくる『透明な夜の香り』の続編、『赤い月の香り』のことですよね。

千早 シリーズを書くって、読者ががっかりしないか心配な気持ちと、読者をちゃんと裏切りたい気持ちのせめぎ合いで。結構悩むんです。

村山 『赤い月の香り』は、その塩梅が素晴らしかったですよ。これ一冊でも充分成り立っているし、しかもあえて前作と対照的に作ってある。『透明な夜の香り』の視点人物は一香ちゃんという女性でしたが、今回は満という男性でしょう。しかも一香ちゃんは自分の性格の問題点や繊細さに意識的だったと思うんですけれど、今回の満さんはわりと無意識的なところがある。そうしたひとつひとつ、第一作に寄りかからずに世界を作ってあるところがすごいと思いました。
『透明な夜の香り』も『赤い月の香り』も短編連作のようなつくりですが、全編を通してのミステリにもなっている。私は自分がミステリを書けると思ったことがないし、書いたこともないけれど、謎の匂わせ方と、回収のタイミングがすごく気持ちいいんですよね。

千早 わーい。

村山 よく、思わせぶりなだけで、最終的に「?」みたいなミステリもあるでしょ。真相に肩透かし感があったり、匂わせすぎて「もういいよ」ってなったり。今作は、謎の提示の仕方と、回収の仕方のバランスがすごく緻密だと思いましたね。それと、最終的に語り手である主人公が抱えている悩みが明らかになるっていう点は前回の形を踏襲しているわけじゃないですか。その謎が明らかになった時に、主人公がそれまで心でつぶやいてきたことや、誰かの一言に対する反応が、どれも過不足ない。特に過剰さがないのが素晴らしい。非常に考え抜いて書かれていますよね。ここにチハヤの頭のよさが出ていると思う。細密画を描くかのように神経を張り巡らしてこの世界を構築したんだなと思いました。

千早 ありがとうございます。

村山 やっぱり文章もきれいだしね。

千早 文章は前作のほうがきれいなんですよね。一香人称のほうが、世界がきれい。満のほうは、わちゃわちゃしている。

村山 そりゃそうだよ。満くんが一香ちゃん並みに緻密だったら、嘘っぽいじゃない?

千早 そうなんですよね。そこが一人称の苦しいところですね。

村山 でもだからこそ、満が粗忽な男としてリアルにそこにいる感じがする。憎めないんだよね。一香ちゃんに懐いて走り寄っちゃう場面とかね。

千早 それで朔が怒っている。背後で、じっとりと(笑)。

村山 私は第一作の時から、朔さんの友人の新城推しでして。ほんと好き。

千早 私はずっと朔推しです。

村山 庭仕事をしている源さんもいいよね。続編では、じつは源さんにもいろいろあったということがわかる。

千早 今回は、加害と愛情というものを意識して書いたんです。愛による加害性が一番出るのは肉親とか親子の関係で、自分はそこに怖れがあるのか、その部分が今作にはすごく出たと思います。私もゆかさまと同じように、ミステリは書ける気がしないんですけれど、ホワイダニットみたいなものは好きなんだと思います。『しろがねの葉』でも、殺したのは誰かというのを回収した時の気持ちよさはすごかった。自分は人の心の謎解きは好きなんだろうなと思います。
 それと今回、朔の仕事がうまくいかない話も書きました。私、『美味しんぼ』がめちゃくちゃ好きなんですけれど、すべての問題を本当に食だけで解決できるのかな、といつも疑問に感じていて。それで今回は香りでは解決できない話も書いたんです。前作は天才・朔のお話という感じでしたが、今回の朔はちょっと人間に近づいている感じです。

村山 そうなったのは、一香ちゃんが作用しているおかげよね。二人の関係ってすごくじれったいけれど、でも別に彼らにとっての幸福が、一緒に暮らしてラブラブになることではないというのもよくわかるんです。

千早 ゆかさまはシリーズものを書く時に気をつけていることはありますか? 読者のことを考えないほうがいいっていう人と、考えたほうがいいっていう人がいますよね。

村山 私が読者のことを考えるのは、番外編の時くらいかな。番外編は読者に喜んでほしくて書いているかもしれない。あそこで語られなかったことは、実はこうでした、みたいな部分を書くから。

千早 過剰に書くことに否定的なのに、そこは割り切るんですか。

村山 だって、気持ちいいツボは押してあげたいじゃない(笑)。本編はもう、書き手が登場人物に対して誠実でさえあれば、物語は矛盾なく進んでいくものかなって思うんですけれど。