インディカ米の炊飯臭や「金麦」の空き缶
長年、中国関係のルポライターとして活躍している安田氏がベトナムに興味を抱き始めたきっかけは、10年近く前まで遡る。
「習近平時代に入ってしばらく経つと、中国社会の言論統制が明らかに強まり、現地を取材するリスクが高まってきたと感じました。2014年頃から経済界では『チャイナ・プラスワン』が叫ばれ、私も中国の周辺国に目を向けるようになりました。
そのなかで特に関心を抱いたのが、かつては儒教の影響の強い漢字文化圏で、近代においても中国と同じ社会主義国家であるベトナムだったのです」(安田氏、以下同)
日本では2017年頃から技能実習生の雇用環境の劣悪さや逃亡事件が注目されるようになったが、この問題の中心にいたのが、ベトナム人たちだった。
「中国人実習生の逃亡も多少はありますが、中国社会の成熟に伴い、彼らはもはや1990年代〜2000年代のようなアウトローな行為をしなくなっていた。一方、ベトナム人実習生の逃亡者はさまざまな犯罪行為を繰り返しており、明らかに異質な存在として興味を引いたのです」
安田氏は2021年、技能実習生の問題を取材し『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)としてルポした。
「そして今回の本は『「低度」外国人材』に連なる正統な続編という位置付けです。表紙から”アングラ本”みたいに見えますが、中身はまともなノンフィクション。不良ベトナム人にフォーカスしている点で、密度の濃い一冊になりました」
ボドイたちは通常、5〜10人ほどの複数名で集団生活を営んでいる。住居は一見すると普通の一軒家やアパートだが、よく見ると日本人のものとは明らかに異なる特徴がある。インディカ米の炊飯臭や豚骨、豚皮を加工調理した匂いが漂い、周囲にはベトナム式水タバコの竹筒や第三のビール「金麦」の空き缶などがある。衛生的とは言い難く、ゴキブリの幼虫が多数発生していることもある。
安田氏はこうした「ボドイ・ハウス」にベトナム人通訳のチー君とともにおよそ20回にわたって直撃取材を繰り返し、彼らの胸の内に迫った。
ボドイたちにとって不法就労や無免許運転は当たり前で、違法な車両売買、賭博、拉致、家畜や果実の窃盗、薬物乱用、売春などのほか、時にはひき逃げ死亡事故や殺人事件すら起こす。
常磐線の線路内に自動車で突っ込んで衝突事故を起こしたり、ウーバーイーツ配達員をしていた男性が高速道路に自転車で侵入したりするなど、日本人の想像を上回る悪行の数々には、ただただ驚かされる。