緊張感のある落語シーン
方正 僕が好きなのは享二兄(あに)さん。ああいう真面目さ、誠実さが、噺家には絶対に大事だと思うから。噺家って個人商売なので、最後に自分を守れるのは自分しかいないんですよ。そのためには、享二兄さんのような人としての誠実さがないとダメだと思います。
末永 私は練磨家からしです。からしのデザインを馬上さんが上げてくれた時に、それまで掴めきれずにいたからしのキャラを、がしっと掴めた気がしました。そんな経験が初めてだったので愛着がありますね。
馬上 僕は一剣師匠ですね。こんな師匠が阿良川一門にいたら面白いだろうと思って、一剣は何か企んでそうな顔にしたんですよ。そうしたら実際その後出番が増えてうれしかったです。この先何をやってくれるか楽しみなキャラですね。
方正 落語をやるシーンの緊張感がすごいですよね。あれはどうやって描かれてるんですか?
馬上 実際の落語を聞いて、そのスピード感や抑揚を、どう漫画で再現するか考えています。寄りの大ゴマではすごく速いスピードで話してるように見えるし、引きのコマで台詞を小さく多くすると、ゆっくり喋っているように見えます。
そこにスピード線などの効果も混ぜながら、抑揚を出していきます。決めの台詞の前に一度引きの絵で時間が止まったような感覚にさせて、ページをめくったらガッと進めたり。
方正 すごっ…まるで映画監督や。
馬上 高座のシーンはスポーツみたいに描こうと意識してますね。緊張感を持たせつつ、ここが見せ場だ! というシーンを明確に強調して。漫画としての読みやすさと、落語のライブ感を両立させられるように。
――前作『オレゴラッソ』を描いた経験が、そこに活きているんですね。
方正 あと僕が好きなのは、一生の「芸の前に応援があったらあかん。応援は芸の後についてくる」という言葉。あれは気持ちよかったなあ。僕の中でずっともやもや感じていたものを、ズバリ漫画で描いてくれた! って思いました。
末永 とても苦労したシーンなので、うれしいです。私達が落語に何を求めたいのか考えた時に、いわゆる「推し文化」的な、頑張っているものを応援したい欲求よりも、とてつもなくスゴいものを見て感動したい欲求が強いんじゃないか。
そういう理想を掲げている人の方が、向かうべき目標として志が高いんじゃないかという話し合いを、担当さんと密に重ねていきました。決して推し文化を否定するわけでも、応援そのものが要らないというわけでもないので、そこの表現はすごく悩みました。
方正 繊細なところですよね。僕ら噺家は「お客さんに育ててもらう」という言い方をしますが、育ててくれる事と応援してくれる事が一致するとは限らないっていう、その着眼点はすごく面白いです。
気働きの話もいいですね。僕にも弟子がいて、最初はずっと落語落語落語…っていう奴でした。それで「違うで。人間的に成長せんかったら最初だけや。小器用に落語やって上手いと言われても、その先の深みなんて出えへんで」と、よく言いました。
落語って結局、最後は人間やと思うから。その人の人間性を、落語を通して皆さんにお見せする芸なんです。
末永 なるほど…。
方正 大学で講義を頼まれた時に、僕が小噺を学生さん達に教えて、それを皆にやってもらいました。枕もやってええ、肉付けも好きに変えてええから自由にやってみてと。それを聞いたらね、この人はどういう人間なのか、わかるんですよ。これはほんまに落語のスゴいところです。
逆に言うと、めっちゃ怖い芸なんです。裸のその人がべろーんと出ますから。同じネタでも、ある人がやればいやらしくなったり、別の人だとほんわかしたネタになったりします。落語には人間が出るんです。