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【元防大生の声】
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【防大生たちの叫び】
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何のために命を懸けるのか――等松論考の指し示すこと

寒心に堪えない【1】

「集英社オンライン」で公開された等松春夫防衛大学校教授のインタビューと論考に接しての率直な読後感だ。

防大では、「咎人」、すなわち、他の配置でパワハラや服務違反をしでかした幹部自衛官が一種の左遷先として教官に送り込まれ、その任を果たし得ない場合が少なくない。そればかりか、彼らはしばしば陰謀論に染まり、「商業右翼」を招いて学生に講演させるなど、不適切な行動に出る。

自衛隊が抱える病いをえぐり出した…防衛大現役教授による実名告発を軍事史研究者・大木毅が読む。「防大と諸幹部学校の現状改善は急務だが、自衛隊の存在意義と規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できない」_1
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こうした事例は、防大のみならず、陸上自衛隊の教育訓練研究本部、海上自衛隊・航空自衛隊の幹部学校など、旧軍でいえば陸軍大学校・海軍大学校に相当する高級将校養成機関にもみられた。

しかし、防大を牛耳る、事なかれ主義の事務当局【2】は、こうした事態を解消しようとはせず、問題の隠蔽に走り、陋習(ろうしゅう)【3】の維持をはかった。かような当局の姿勢をみた学生の多くは、おのずと上位者への忖度に汲々【4】とし、「フォロワーシップ」という名の付和雷同【5】に唯々諾々(いいだくだく)【6】と従うようになる。

かかる頽廃は、コロナ禍対策における拱手傍観(きょうしゅぼうかん)【7】、賭博、教官と学生が関与した保険金詐取、自殺未遂、脱走といった不祥事をもたらした。その結果、志と批判的精神をなお堅持している優秀な学生ほど、防大の現状に絶望し、多くは退校の道を選ぶ。

まことに荒涼たるありさまであり、将来の幹部自衛官を育成する機関としては、即刻対策を講じるべき惨状だといえる。等松教授が職を賭して、告発に踏み切ったゆえんであろう。

しかしながら、SNS等のネットの反応をみると(管見のかぎり、それ以外のメディアでは報じられていない)、等松論考は、そのインパクトにふさわしいだけの反応を得ていないように思われる。

右派は、黙殺するか、けしからぬ自衛隊批判と、等松教授を誹謗中傷した。左派は、かくのごとき教育を受けた幹部が軍事力を動かすなどもってのほかだと批判する。それ自体はもっともなことであるが、なかには立ち止まってゼロベースで考え直すべきだとし(自衛隊に武器を持たせない、防衛行動を許さないということだろうか)、さらには現政権の防衛力整備方針への反対につなげる向きもあった。

国家の機能は一瞬たりとも機能不全におちいることを許されないが、防衛はとりわけその性質が強いという。その、ごく当たり前の前提から考えれば、ためにする空論といわざるを得ない。あるいは、自衛隊廃止や防衛力整備の中止をあからさまに唱えることは、昨今の世論に鑑みて、政治的に得策ではないがゆえの苦肉の言説であろうか。