山頂で流しそうめん、そしてカラオケ⁉

栗城さんの「夢の共有」を巡って、2つの出来事がワンツーパンチとなって私の脳を揺らした。最初に食らったパンチは、Yahoo!の特設サイト「小さな登山家、エベレストへの挑戦」から放たれた。

そこには、芸能人たちからの激励のメッセージとともに、「単独無酸素の意義」を解説するコーナーが掲載されていた(注:筆者は取材を通して、栗城さんが掲げる「単独無酸素」という看板がひどく誤解を生む表現であり、虚偽表示や誇大広告に近いことを知る)。

それを見て私は愕然とした。私の企画書の文章が、そっくりそのままコピペされていたからだ。実現しなかった全国放送の番組のために書いたものだった。

「ボンベが重いし高価なので他の6つの最高峰では使わなかった」という栗城さんの言葉まで、そのままサイトに掲載されている。

私は事務局が載せたのだと思っていた。《一言、了解を求める連絡があれば私が訂正できたのに》と腹立たしかった。10年が経過した2019年、児玉佐文さんから初めて真相を聞かされた。

「やったのは栗城本人ですよ。ボクらは逆に口出しできないです。彼はそういうとこメチャクチャこだわりますから」

栗城さんは「ボクのことを書いた原稿だから、ボクのもの」と思ったのだろうか? 仮にそうだとしても、自分の嘘まで載せてしまう感覚は理解に苦しむ。大勢の人たちが閲覧するサイトなのだ。

次に食らったパンチは、更に強烈だった。

東京のYahoo!本社での出来事である。エベレスト出発を2週間後に控えた2009年8月上旬、栗城さんとYahoo!スタッフとの最終打ち合わせの場だった。そこで語られた栗城さんの企画に、私は驚いた、いや、呆れてしまった。
「最終確認ですが、九月七日が『流しそうめん』、翌週の十四日が『カラオケ』で間違いないですね?」

Yahoo!スタッフの言葉に、栗城さんは頷いた。

《えっ! 流しそうめん? カラオケ?》

私は支援者が国内で応援イベントでも開くのか、と思いながら聞いていた。ところがそうではなかった。

「ギネスに挑戦します!」

栗城さんがニッコリと笑った。

彼のアイデアで「ギネスブックに挑戦」と銘打った生中継企画が行なわれるのだ。私は会議の場で初めてそれを知った。BCに入ってから山頂アタックに出発するまで、高度順応の期間が3週間ほどある。ギネス挑戦企画はその間に催される、登頂本番を盛り上げるためのプレ・イベントだった。

栗城さんはエベレストをどういう場所だと考えているのか……。ここは世界中から集まった数多の登山家が、登頂に歓喜し、挫折して咽び泣き、凍傷で指を失い、あるいは友の亡骸を下ろした、過酷なる「聖地」ではないのか?

そこで、流しそうめんにカラオケ? 先人たちにあまりにも非礼ではないか。栗城さんはかつてこうも語っていた。

「山に登れば登るほど、その大きさがわかって謙虚な気持ちになる」と。ならばエベレストは、いくつもの山を登り、謙虚な上にも謙虚になって、ようやくたどり着いた「山の中の山」であるはずだ。そこでなぜ余興が必要なのだ? 一体どこが謙虚なのだ?