さらにとんでもないシリーズになるはずです
―― 第三話「黒龍の祟り」では吉原宿まで到達した一行。水運の拠点として、富士参詣の宿駅として知られた宿場町ですが、龍の伝説が残る地でもあります。
この一帯に伝わっているのが、高潮を招いて被害をもたらしたという龍の伝説。本当はもっとマイナーな妖怪もいたのですが、このシリーズでは知名度のある妖怪を取りあげるという不文律があるので(笑)、龍を扱うことにしました。資料によっては龍ではなく蛇だとしているものもあって、正体は曖昧です。だからこそ想像力を働かせる余地があるとも言えますよね。
―― この地で遼太郎に降りかかる絶体絶命の危機。そこから浮かび上がるのは、さまざまな陰謀が渦巻き、運命が交差する幕末という混乱期の姿です。
時代物って、結末がどうなるか分かっているのに面白い。あれは不思議ですよね。司馬遼太郎さんの『龍馬がゆく』だって龍馬が暗殺されることは、読者の大半が分かっている。ミステリーでいうとネタバレされている状態ですが、読んでいる最中はドキドキする。それが作品の力というものなのかなと思います。
このシリーズにもいろんな勢力が登場しますが、誰が勝者になるかはあらかじめ決まっています。それでも面白い、ドキドキすると思ってもらうためには、登場人物それぞれの葛藤を丁寧に書いていくことが大切です。
―― 天然理心流の少年剣士・宗次郎(後の沖田総司)も再登場。第二話から一行に加わったことで、物語のムードが明るくなりましたね。
第一話の「生首の陰」を書き終わって、何かが足りないような気がしたんです。何だろうとあらためて考えてみたら、ちょっと話がシリアスに寄りすぎていたんですね。そこをうまく中和してくれるキャラクターが欠けていた。そこで江戸にいるはずの宗次郎を、急遽旅立たせることにしました(笑)。
以前、天然理心流の大塚篤館長が「この作品に描かれる少年沖田は、彼の実像に近いのではないか」という推薦文を書いてくださって(集英社文庫版『浮雲心霊奇譚 菩薩の理』)、どういうことですかと聞きに行ったんです。すると館長曰く、本当の天才というのは無邪気で、遊びの延長線上で剣を振るうものだ、とおっしゃったんです。遊び半分で敵を一掃したり、相手に稽古をつけながら倒したり、という場面がこのシリーズにはありますが、本当の天才ってああいう無邪気さがあるよと。その言葉が印象に残っていて、宗次郎のキャラクターを活かさない手はないと思いました。彼は読者にも人気がありますし、登場するとストーリーが盛り上がるんですよね。
――怪異を扱ったミステリーとしても、幕末の人間群像としても読みどころの多い『月下の黒龍 浮雲心霊奇譚』。神永さんが今回、特に力を入れて書かれた部分はどこでしょうか。
幕末を生きた人々の葛藤ですね。この時代に生まれた人たちは、さまざまな抑圧を受け、それを当たり前のこととして受け入れてきた。遼太郎もそうですし、浮雲たちと対立関係にあるお七にしてもそうです。息苦しい時代の中、自分らしさを持とうとしている。だから苦しいし、壁にぶつかります。
「どうせこんなものだよ」と諦めたら、もっと楽に生きられるはずなんです。それでも前に進もうという人の姿を、今回はいろいろな形で描くことになりました。
「黒龍の祟り」では理不尽な風習を扱っていますが、その理不尽さに抗おうとした人の姿も熱量を込めて描いています。そういう部分は現代の若い読者にも、響くところがあるんじゃないかと思いますね。もちろんエンターテインメントなので、読んでハラハラドキドキしてもらえるのが一番なんですが、キャラクターそれぞれの生き方にも注目してもらえたら本望です。
―― 鬼伝説を扱うという次回作も、すごいことになりそうですね。ますます浮雲たちの動向から目が離せなくなってきました。
今回はシリーズ初期の頃のような連作短編形式でしたが、次回作は長編にする予定です。事件のイメージも固まってきていますが、おそらく本格ミステリーに近い作品になるでしょうね。ひとつの大きな謎を巡って、いろんな人が推理を巡らせる。Aかと思ったらB、そうかと思ったらC……という推理合戦みたいなものを書けたらと思っています。
もうひとつ試してみたいのはホラー的な表現。もともとホラー映画や小説が好きで、最近もよく読んでいるんですが、やっぱりホラーで血が流れるシーンって美しいんですよ。あるいは黒澤明監督の『椿三十郎』でも、斬られた侍の体から血が噴き出すシーンがありますよね。ああいう血の美学みたいなものが、せっかく時代小説を書いているのに欠けていたと反省しているんです。
これからは白い障子にかかる血しぶきとか、畳にしたたり落ちる血だとか、江戸時代ならではのホラー的な表現をもっと増やして、より自分の“癖”を押し出した作品にしたいですね。もともと「浮雲心霊奇譚」というシリーズはミステリーと怪談の要素が融合していて、そこに時代小説ならではの血の表現や、殺陣シーンの美しさを盛り込めば、もっととんでもない作品になるはずです。どんな形になるのかまだ分からないですが、より好き勝手にやろうと思っていますし、結果的にそれが読者を惹きつける面白さに繫がっていくと思います。
知り合いが教えてくれたネットの占いによると、僕は四十九歳で才能が開花するらしいんです(笑)。それを信じるならば、今年、二〇二三年が本格的なブレイクの年ということになります。そして来年にはデビュー二十周年。自分でもいい波に乗っているなと思うので、「浮雲心霊奇譚」もそれ以外のシリーズも、精一杯書いていきたいです。