2018年12月に立教大学の男子駅伝監督に就任し、立教を再び箱根路に導いた上野裕一郎監督。
自身、高校時代から全国トップの実力を持ち、中央大学在籍時には4年連続で箱根駅伝に出場。実業団時代には、2009年の日本選手権で1500mと5000mの2種目優勝し、同年の世界選手権ベルリン大会には5000mで出場している。
かつてのトップランナーは、いかにして立教大の選手たちを育てていたのだろうか。
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「僕じゃダメですか?」から始まった箱根への道
――立教大学の職員である林英明コーチが同じマンションに住んでいたことが、監督に就任するきっかけだったそうですね。
上野裕一郎(以下、同) そうです、そうです。家族ぐるみで仲がよく、「ちょっと相談があるのですが……」と林さんから食事に誘われたんです。
何の相談だろうと思ったら、大学創立150周年を迎える2024年に、箱根駅伝第100回大会の出場を目指す事業を立ち上げて、そのための指導者がどうしても必要なのに、探すのに難航しているという話でした。
条件を聞いていたら僕も当てはまっていました。ちょうど競技を退いた後のことを考えていた時期だったので、「僕じゃダメですか?」と話をしたんです。
――上野監督がセカンドキャリアを考えていた時期と、「立教箱根駅伝2024」事業が始まるタイミングが合ったわけですね。2018年12月に監督に就任されました。
林さんが声を上げて、動いてくれて実現しました。あとは大学が本気になったということでしょうね。
――以前にも、実業団で活躍した方が立教大のコーチをしていたことはありましたが、それでもなかなか箱根は遠かった。
もちろん、今いる子たちを強くすることもすごく大切なんですけど、それでは(2024年までの)5年間では厳しい。それで、高校生の有力選手に入学してもらえるように声をかけていきました。立教にはいわゆるスポーツ推薦がなく、簡単に入学できるわけではありません。「アスリート選抜入試」という制度で受験してもらえるよう、地道な勧誘活動を続けています。