さくらももこ編集長による伝説の雑誌

――投票企画やイラスト募集には小学生の女の子からのものが多かったのでしょうか?

そうですね。でも、『ちびまる子ちゃん』はほかの作品よりも男の子からのものも多かったし、何よりも年齢層の幅がかなり広かったなと思います。それこそ僕がさくら先生の担当編集になったときにも、同年代の同性の知人から「さくらももこの作品、面白いよね」と言われることがあったので、支持層の広さは常に実感していました。

――今井さんはりぼん編集部をはなれた後も、さくら先生とお仕事をご一緒されているんですよね。

はい。1993年にさくら先生の担当編集を変わって以降はお会いする機会はほとんどないままでした。2013年に1編コミック企画編集という部署に僕は異動したのですが、そのときちょうど部署内で立ち上がっていたのが、さくらももこ先生のデビュー30周年を記念した企画。

2000年に新潮社から出ていた、さくら先生が編集長となった雑誌『富士山』に近いものを集英社から出そうということになっていたんです。その企画がちょうど動き出したタイミングで、異動してきて「さくら先生の担当編集もやっていたから」ということで僕が担当することになりました。さくら先生とは10年ぶりの再会。でもご本人は変わらず面白い方でした。

――それがデビュー30周年記念に発売されたムック本『おめでとう』ですね。

そうです。記事の文章やイラストはもちろん、企画も取材もすべてさくら先生が担当されたものです。

【デビュー漫画公開】当時の担当編集が語る“さくらももこ”の魅力の真髄。受け取って衝撃的だった1枚の絵の正体は…!?_4
さくらももこ編集長『おめでとう』の表紙にある富士山も『さくらももこ展』では展示中

――企画会議みたいなものもされていたんですか?

一応、打ち合わせみたいな場は設けましたけど、きっちりマジメに話すという感じではなく、楽しく食事をしながら作っていく感じでした。さくら先生が「まぁまぁ、いいじゃない」と言いながら食べて呑んでというような和気あいあいとした雰囲気(笑)。中には、いい意味でくだらなすぎる企画もありますが、1冊まるっと雑誌をご自身で作ってしまうんですから、さすがです。